2009年6月24日 (水)

「会社とは-Kゼミ24人の軌跡」再読

「会社とは-Kゼミ24人の軌跡」斎藤茂男(日本経済新聞社)

ヴォータンの人生を変えた本です。

本棚の整理をしていたところ、奥の方から出てきて、、、、そのまま、全部読み直してしまいました。

 

1981年発行のあまりに古い本なので、Amazonのアフィリなどから、皆さんにご覧頂くのに参考となる様な、詳細な情報を引っ張ってくることが出来ませんでした。

その後、筑摩書房から文庫本として

「サラリーマンは幸福か-慶應Kゼミ24人の軌跡」

と題を変更して発行されていますが、図書館で借りるか中古本として買うしかないと思います。

 

著者は当時の共同通信社の編集委員です。

 

何か特別な潜入ルポや、血湧き肉踊る様なドキュメンタリーではありません。

 

ひたすら、慶應義塾大学を卒業した35歳~40歳のサラリーマンにインタビューをし、それを変な脚色をせずに、淡々と書き留めています。

 

当時、ヴォータンは入社2年目。ようやく、邦銀の支店の「外回り」に出る様になり、会社勤めに様々な疑問を感じ始めたころでした。

 

35歳~40歳と言えば、会社では中堅どころの一番活躍している世代のはずです。

 

しかも、慶應義塾大学のK-ゼミ(おそらく加藤寛先生ではないでしょうか?)出身者と言えば、間違いなくエリート街道を走っているはずです。

 

ところが、ヴォータンが感じたのは、諦観とでも呼ぶべき、ある種の無力感です。

 

もちろん、声高に会社の悪口を言う訳でもなく、不満をぶつけるでもなく、どの方も淡々と語るのですが、仕事をすることに大きな価値を見出している訳でもなく、ビジネスの世界でのし上がってやると言った野心が感じられる訳でもなく、、、

 

今、考えると、日本の会社で偉くなるには、「出る杭」になってはいけないので、そう言う態度を取ることが、処世術として身についていたのかもしれませんが、入社2年目のヴォータンには、何とも夢のない世界に見えました。

 

当時、ヴォータンは、2年目の現実に直面しながらも、まだ新入社員の志と言うべきか、漠然と、将来このビジネスの世界で大きくなってやろうという野心を持っていました。

それだけに、自分が15年後に、こう言うことを語る人になっていくのかと思うと、途端に自分の人生が、とても寂しいものに思えてなりませんでした。

もちろん、どの方も、相当なインテリですし、きちんと物事を考えてお話になっているのですが、それが分るだけに、余計に寂しくなってしまいました。

 

ヴォータンは、この本を読んだ1年後に、ディーリング・ルームに配属され、それこそ世界観が変わるほどの変化を経験しました。

実は、卒業前にゼミの担当教授から大学院に行くことを薦められていたので、大学に戻ることも考えていたのですが、この異動のお陰で、疑問を感じていた邦銀に留まることになりました。

 

しかし、それから4年後に邦銀を出てしまいます。

 

「どうして?」

と、聞かれると、

「マーケットの世界にずっと居たかったから」

と答えるのですが、実は心の奥底に、この本で読んだインテリのエリート・サラリーマンの先輩方の、あまりに寂しい心象風景が残っていたことも、大きな要素だったと思います。

 

30年近く前の本ですが、今読み返してみても、古さを感じません。

 

著者の文章力の高さもあって、非常に読み易い本です。

サラリーマンとなったインテリが何を考えていたのかを知る意味で、一読に値すると思います。

 

ここの登場されていた皆さんも、もう60歳を過ぎていらっしゃいます。

今、インタビューしたら、どうお答えになるでしょうか。。。。

2009年6月14日 (日)

「大転換 脱成長社会へ」--経済危機の文明論的考察を読む

大転換―脱成長社会へ Book 大転換―脱成長社会へ

著者:佐伯 啓思
販売元:エヌティティ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

佐伯先生はヴォータンの大先輩に当たります(と、言っても8年しか違っていませんが)。

今般の金融危機に端を発した世界的なリセッションに関しては、皮相なアメリカ批判をして溜飲を下げると言ったレベルの低い言説が多く見られます。

その点、佐伯先生は、経済思想史家としての文明論的視座を持っておられるので、非常に知的刺激の多い指摘をされています。

 

特に、今回の金融危機が単に新自由主義的パラダイムの崩壊と言うことに留まらず、近代産業社会の限界、つまり、シュンペーターの言葉を借りれば

「資本主義はその成功ゆえに没落する」

が現実化した「大転換」を示唆しているとしています。

 

もはや資源の効率化を最大限に推し進めることで、物的な豊かさを現出し、人々の厚生を向上させると言うパラダイムが働かなくなり、

「人とモノのゲームから、人と人とのゲーム」

に変化すると言う考察は傾聴に値します。

 

ヴォータンは、基本的には市場原理を優先する立場に立ちますので、全面的に佐伯先生の主張に賛成しかねるところもあります。

しかし、このブログでも、終身雇用を前提とした社会制度を崩すことや、アメリカの猿真似にもならないホワイトカラー・エグゼンプションを直輸入したりと言った、日本的な良さを無くすことに反対してきましたので、先生の

「日本は、外国(特にアメリカ)の真似をしてはいけない」

と言う意見には、まったく同感です。

 

佐伯先生は、フロンティアの消滅により、資本主義の成長エネルギーが枯渇してきている現代では、「社会化」と言う形で、市場経済に乗らない分野を意識的に保護していかなければと主張しています。

 

ヴォータンは市場の失敗の部分に関して、もっとセーフティ・ネットを社会的に張るべきであると考えていますが、先生はさらに一歩進んで、もはや「市場の失敗」と言う形での副産物と見るのではなく、むしろその分野に対して社会として積極的に関わっていくことが必要だと言う訳です。

 

ただ、

「その為には、『政治力』が必要であるが、残念ながら、現在の日本にそれだけの政治力があるとも思われないのである」

「90年代以降の日本の政治は、あまりに大衆情緒やそのつどの出来事に引きずられ、ポピュリズムとスキャンダリズムへと流されてゆく」

「今日の日本の大衆型政治にそれだけの政治を求めるのは、かなり厳しいことではあろう」

と、しています。

 

ウーーーーン、これでは全然救われないんですが、、、、 

 

どうも口述を元にしたらしく、ちょっと論旨が怪しかったり、つながりが悪いところがありますが、頭の体操として読んでおくべき好著だと思います。

2009年6月 3日 (水)

「世界経済危機 日本の罪と罰」「未曾有の経済危機 克服の処方箋」を読む

世界経済危機 日本の罪と罰 Book 世界経済危機 日本の罪と罰

著者:野口 悠紀雄
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

未曾有の経済危機 克服の処方箋―国、企業、個人がなすべきこと Book 未曾有の経済危機 克服の処方箋―国、企業、個人がなすべきこと

著者:野口 悠紀雄
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

失礼な言い方になってしまいますが、日本の大学の先生には、金融の実務に関しては、ほとんど素人同然の方が大勢いらっしゃいます。

 

「為替の先物レートが、将来の為替レートの水準を規定している」

と言う、珍妙な論文を見て、ひっくり返ったことがありますが、事実です。

確かに、超長期的には金利水準=インフレ率と考えると、購買力平価説から

「為替レートを規定している」

と言えないこともないでしょうが、6ヶ月やそこらの先物レートで

「将来の為替レート云々、、、」

と言われたのでは、ビックリしてしまいます。

 

余談はこの辺にして、この野口悠紀雄先生は、日本版MBAを目指していらっしゃるだけに、実務家との情報交換もきちんとされている様で、浮世離れした話は書いていらっしゃいません。

 

考え方、現状認識もヴォータンと驚くほどそっくりです。

 

「そんなにアメリカが嫌いですか?」(2009/3/3)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-5b9e.html

 

にも書きましたが、

「アメリカの貪欲資本主義の崩壊」

「アメリカ型市場原理主義の蹉跌」

などと言う考え方が、いかにおかしいかと言うことを野口先生も書いていらっしゃいます。

 

また、一部輸出産業の頑張りに、日本国全体がおんぶに抱っこ状態となってしまったことから、今回のように外需が落ち込んで、輸出産業が苦境に陥ると、日本全体が落ち込んでしまうと言う点に関しても、同意見です。

 

この2冊は、重複しているところもありますが、現在起きていることを、間違ったバイアスを掛けずに見る為には、非常に有用だと思われます。

 

おまけですが、

「自分に投資せよ」

「読書が重要である」

と言う点でも同意見です。

2009年6月 1日 (月)

「まんが パレスチナ問題」を読む

まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書) Book まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)

著者:山井 教雄
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

最近の新書は、中身はまさに「新書レベル」で薄っぺらでも、タイトルで売ってしまう(例えば「お金は銀行に預けるな」なんて悲惨な本もありましたね)ものが多いのですが、この本は逆に見事なタイトルのつけ損ないだと思います。

「『お金は銀行に預けるな』は見事なコピペ本でした」(2008/7/3)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_a8f6.html

 

いきなり「まんが!」ですから、ちょっと教養の高い大人は書店で手を伸ばさないと思います。

ただ、タイトルとは裏腹に、内容は非常にしっかりしていますし、ヴォータンが一番大事だと思う

「難しいことをやさしく書く」

と言う姿勢をきちんともって書いています。

 

まあ、それがちょっと行き過ぎて「まんが」なんてタイトルをつけてしまったんでしょうが、、、

 

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教が同根の宗教で、いかに相似性が高いかと言うことから始まって、今のパレスチナ問題を複雑にしたのは、イギリスの二枚舌外交であることまで、正確に記述されています。

また、今では無法なテロリストを排出する、非寛容な危険な宗教と言う印象が強くなってしまったイスラム教が、実は一番寛容であると言うこと(世界史で習ったと思いますが、、、)

むしろキリスト教の方が、はるかに高圧的に異文化を破壊したこと

など、一応知っているはずのことに関しても、もう一度頭の整理ができます。

 

さらに、第一次中東戦争以降の動きも、わかり易くまとめられていますし、アラファトが無能でしかも私利私欲に走っていたことも、きちんと書いてあります。

 

タイトルは変ですが、是非読んでおくべき好書だと思います。

2009年5月26日 (火)

「ものつくり敗戦-『匠の呪縛』が日本を衰退させる」を読む

また、書評です。

ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ) Book ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ)

著者:木村 英紀
販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

金融危機以降、虚飾の金融工学・金融技術云々と言う批判すると共に、

「ものつくりに回帰せよ」

と言う論調が聞こえてきますが、そんな安易な風潮に対するアンチテーゼとなる本です。

 

金融工学に関して言うならば、ヴォータンは決して金融工学が間違っていたのではないと思っています。

むしろ、金融工学に「格付け」などと言う、かなりアナログな思想を入れてしまい、「工学」的な思考を徹底させなかったことに問題があると思っています。

まあ、日本の金融機関は、全然追いつけてなくてラッキーでしたが、、、、

 

この議論はさておき、著者は決して「ものつくり」を否定するのではなく、「何をつくるのか」と言うことが変化していることに気付かないことに警鐘をならしています。

 

道具が機械になり、機械がシステムとなり、普遍化を目指すものが勝つ、、と言う著者の論理立てには非常に説得力があります。

 

例として挙げている、旧日本軍がシステム化と言う発想を持たなかった為、それでなくても資源の乏しい国の兵隊が、互換性の無い兵器で闘っていたと言う悲しい話は、説得力があります。

 

ただ、正直言って、文章はド下手です。

しかも、科学史・技術史の説明が冗長で、著者の主張にたどり着く前に、読むこと自体挫折してしまう人が出るのではないかと危惧してしまいます。

 

非常に参考になる発想だと思いますので、そこを何とか持ち堪えて、読んでみて頂きたいと思います。

2009年5月25日 (月)

「外資系企業で成功する人、失敗する人」を読む

もうお気づきの方もいらっしゃると思いますが、最近このブログの更新が滞っています。

一つには、ヴォータンも現場に復帰してそろそろ2年。

一度引退した身が、スーパーマンならぬお助けマンとして組織に入り、取り敢えず立て直しに成功したのですが、そうなると

「もうちょっと、こっちも、、、」

と言う話が来てしまい、ズルズルと職掌範囲が広がって、まとまった時間が取りにくくなってしまいました。

 

まあ、それでも単に仕事ですから、エイヤッと片付けてしまえば良いのですが、もう一つ筆を重くしているのは、仲間の問題です。

 

この業界に四半世紀以上いる訳ですから、近い遠いの差はあっても「知り合い」は大勢います。

その「知り合い」が、昨今の金融危機で痛んでしまい、苦労しています。

それを助けてやれない無力感が、非常に強くあります。

 

「家を売らないといけなくなった」

と相談された時に、あんまりお気楽なことは書けません。

 

と言うことで、どうしても書評程度になってしまいます。

みんながそれなりに次のステップに進んだことを確認できたら、もう少し気分も晴れるのですが、まだ時間が掛かりそうです。

 

さて、その書評ですが、タイトルを見てちょっと覗いてみました。

外資系企業で成功する人、失敗する人 (PHP新書) Book 外資系企業で成功する人、失敗する人 (PHP新書)

著者:津田 倫男
販売元:PHP研究所
Amazon.co.jpで詳細を確認する

うーーーーん、正直言って

「これは何だ!?」

としか言いようがありません。

 

経歴を拝見すると、一応外資系の金融機関に7年ほどいらっしゃった様ですが、一体何をご覧になっていたのやら。

 

まあ、わずか7年で4社も移っていらっしゃいますから、あまり成功なさった訳ではなさそうですね。

ご本人は

「優秀な人は、どんどん移るのが外資系の常識」

と言ったことを書いて、ご自分の経歴に箔をつけようとされていますが、どこの会社でも優秀な人には残ってもらいたいですから、厚遇します。

つまり、本当に優秀な人は長く勤めるものです。

こんなことは、ちょと考えれば分りそうなものですが、、、、

 

ちなみに、外資系でも、勤続10年とか25年などと言う人は、ちゃんと社内報などに名前を載せて、それこそ世界中に紹介しています。

 

外資にいる知り合いにも取材したと言うことも書いてありますが、成功なさっていない訳ですから、その人脈も大体知れたものにしかなりません。

 

ともかく、紋切り型の「ガイシ論」満載です。

しかも、読み終わると頭の中が大混乱になります。

 

と言うのも、それぞれの章で言っていることが、矛盾しているからです。

 

例えば、

「やり手で無いと生きていけない」

と言う趣旨の章があると思えば、一転して

「目立たず、遅れず、、、」

と、のらりくらりと生き抜けと書いてあったり、、、

 

つまり、

「3人寄れば文殊の知恵」と「船頭多くして船山に登る」

「氏より育ち」と「蛙の子は蛙」

「人を見たら泥棒と思え」と「渡る世間に鬼は無し」

と言う様に、それぞれは正しく思えても、矛盾したことを平気で書いてある本ですし、内容もかなり怪しい「与太話」です。

 

この方は、コンサルタントをやっていらっしゃる様ですが、

「その場その場の小さな最適解をうまく見せる」

と言う、コンサルとしてのクセがこんなところに出てしまったと言う典型ですね。

 

そもそも「外資系がいかに特殊か」と言うことを書こうとしていることに無理があります。

「外資系一般」とひとくくりにするのは難しいのですが、どう考えても、グローバルには外資系一般の方が常識的な組織だと考えるべきでは無いでしょうか。

 

むしろ、

「日本企業で成功する人、失敗する人」

と言う本を書くべきかと思われます。

 

2009年5月 6日 (水)

「中国覆面官僚座談会;お人好し日本人フォーエバー!」を読む

ヴォータンは、毎年ゴールデン・ウィークになると憂鬱です(-_-;)

ともかく混んだところが大嫌いなので、どうしようもありません。

いつもの通り、樹海に逃げ込んでしまえば良いのですがε=ε=ε=ε=(; ̄)

その行きと帰りの高速道路の渋滞を考えると、、、(Д;≡;Д)

 

と言うことで、毎年ゴールデン・ウィークは家で過ごすのですが、まああんまりゴロゴロしていても仕方が無いので、散歩で時間をつぶすことにしました。

 

と書くと、休みの日に優雅に夫婦で散歩と思うでしょq(^^)p

残念ながら、家内は絶対ヴォータンの散歩には付き合ってくれません┌|;|┐ガーン!!

 

理由は簡単 ;)

最低でも早足で10キロは歩いてしまうんでε=ε=ε=(┌ _)┘タッタッタ

←まあ、皆さんもあまり付き合いたくないでしょ

 

ジョギングをする人は、「ランナーズ・ハイ」になって、ある程度走ると、どんどん気持ちよくなって走り続けるそうですが、この早歩きにも似たところがあって、ついどんどん歩いてしまいます。

 

さて、今回は休みの日に一番人がいないところを狙って、東大構内、大手町、丸の内、愛宕、、、、と、ほぼ文京区から真南に歩くコースにしました。

間違っても、東京ドームには近づかず、秋葉原にも近づかず、開店前の神田須田町近辺を抜けて、、、閑散とした大手町到着(*^-)vィェィ

 

さて、ここから多少人がいても、絶対に騒ぐ馬鹿者が居ない皇居前(_)

ところが、、、、、二重橋前に来ると、どうも周りの人達の様子が違います(_o)?  (o_)?

 

写真を撮っているのですが、

「はい、チーズ」

では無く

「イー・リャン・サン!」

そう、ヴォータンの周りにいた東洋人は、中国本土からの観光客がほとんどでした(まあ、朝が早かったんで、ちょっと特別だったかもしれませんが)。

 

ちなみに、これが香港からの観光客だったら、

「Smile」

か、

「イー・ヤル・サン!」(広東語ですから)

ですね。

 

その中国で思い出したのですが、先日非常に面白い本を読みました。

中国官僚覆面座談会 (Clickシリーズ) Book 中国官僚覆面座談会 (Clickシリーズ)

著者:富坂 聡
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

内容は、オリンピックの裏話から、毒入りギョーザ事件、公務員の地位をカネで買うのが当たり前の世界まで、非常に多岐に渡っています。

彼我の常識の違いに驚かされますが、題から推測される過激な内容と言うよりは、この比較的レベルの高い中国人が

「自分たちは特殊だ。世界の常識から外れている」

と、ある程度自覚しているところです。

しかも、北京の中国人がオリンピックは迷惑だと考えていたり、退役軍人が実は中国社会の負け組で、政権に不満を持つ危険な一大勢力だったり、、、、

 

ひとつひとつの内容は、是非お読み頂きたいと思いますが、そう言えば日本人も

「日本は特殊だ」

と思い込む癖があることを思い出しました。

 

ちなみに、先日、街頭でインタビューされた外国人が

「好きな唄は?」

と聞かれて

「酒と泪と男と女。この感情は、ポーランド人とぴったり同じなんですよ」

と答えていましたが、読後感もあって、日本人の常識は中国人ほど、世界からはズレていないと思いましたよ。

 

さて、今日は朝から「ザ・ホワイトハウス」のDVD三昧ですo(*^^*)oエヘヘ!

2009年4月14日 (火)

道を聞かれる人、、、

以前にも書いたことがありますが、ヴォータンはよく道を聞かれます。

日本だけでなく、NYでも、ロンドンでも、香港でも、、、

 

先日も、薄暗くなった六本木のロア・ビル前を、六本木交差点の方に向かって歩いていたら、知らないオバサンがスッと寄って来て

「あのーーーーッ!東京ミッド・タウンはどこですかっ?」

 

実は、ヴォータンはボーズのQuietComfort 3と言うノイズ・キャンセリング機能付のヘッド・フォンを愛用していますから、どう見ても

「ヘッド・フォンをしている人」

です。

インナー・タイプの人と違って話しかけにくいはずなんですが、それに負けずに大声で聞いたオバサンの大胆さに脱帽、、(___ ___ ;)尸マイッタ

 

と、言うことで今日のmixiの

「道を聞くとき、どんな人に声をかけますか」

記事を思わず読んでしまいました。

 

記事によると、道を聞くときの基準は、

「親切そうなおじさんに聞く」

---極悪な顔だとは思わないけど、親切な顔でもない

「にこにこした感じの人」

---何でもないのにニコニコして歩いていたら気味が悪い

「同性で、断らなさそうに見える人」

---これは、女性でしょう

「年配の人に聞く」

---まだ、「年配」には見えないと、、、

 

と、その後記事は、さらに踏み込んで

+++++++++++++++

同じくらい多かったのが、残念ながら「普通っぽい人」というもの。

「普通のサラリーマンっぽい人」

---冬はダブルの背広だから、普通ではないと、、、

「服装とか髪型とか、見た目がとにかく普通っぽい人」

---うーーーん、背広だし、髪型はモヒカンじゃないし、、、

これ、結局、

「人畜無害」

とは言わないまでも、無難な線で声をかけられている可能性は高いのか。

さらに、行動・雰囲気の特徴としては、以下のようなものが挙げられた。

「ゆっくり歩いている人」

---背筋を伸ばして、かかとから着地して歩くので、姿勢が良いと言われるけど、ともかく速いことは間違いないε=ε=ε=(┌ _)┘

「せかせか急いでいない人」

---当然ハズレ!!

「なんとなく余裕がある人」

---なんとなくねぇ

+++++++

となっています。

 

うーーーん、歩く速さには自信があるんで、後半部分は完全にハズレ!

 

と言うことは、単に

「あなたは、普通の人畜無害のオジサン」

と宣言されたようで、、、、

 

ちょっと突っ張ってるつもりだったので、がっかりしました(*_*; 

 

ちなみに、方向感覚には自信があって、世界中どこに行っても迷ったことがありません。

だから、道を聞く相手としては、確かに最適だとは思いますが、、、

 

まさか、そこまで読める人が道を聞く訳はないし、、、

 

2009年4月 6日 (月)

「おテレビ様と日本人」を読む

何の気なしに手にした本です。

著者の林秀彦氏と言う方に関して、何も知りませんでしたが、日本のテレビ界のある一時代を画した方の様です。

おテレビ様と日本人 Book おテレビ様と日本人

著者:林 秀彦
販売元:成甲書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

タイトルから、日本人がいかにテレビ好きかと言う程度の、社会戯評的な内容を想像していたのですが、内容ははるかに重いものでした。

 

何度も申し上げている通り、ヴォータンはTVをほとんど見ません。

特に、TVドラマと言った製作者の作為の強く入ったものは見ませんから、せいぜいメジャー・リーグの中継程度です。

 

それだけに、著者のテレビに対する本質的な批判に、非常に共感を持てます。

 

ともかく、テレビを見ると言う行為は受身です。

しかも、作り手のレベルが低い為に、非常に低俗な内容が一方的に流され、それを受けてしまっています。

そこには知的な営みがありません。

著者は言います

++++++++++++

一度でもいいから、実験して体験してみてほしい。

テレビを見ている人をじっと横から気づかれないように観察するのだ。

その人の表情の動き、目の反応、身体の動きなどを五分でいいから細かく見るのだ。

どれほど痴呆的になっているかが、はっきりわかるはずだ。

普段は相当のインテリで、博識ある人でも、テレビを見つめている無意識の反応は、白痴そのものになる。

++++++++++++++

 

ヴォータンが言う「受身」を、より辛辣に表現しています。

さらに、「24」や「ER」と言ったエミー賞を受賞した番組に関して、

「製作志向はあらゆる面での底辺を基準としたマジョリティーである」

と、醒めた評価をしがならも、返す刀で

 

+++++++++++++++++

(この程度の番組ですら)登場人物たちは、非常に日常的な会話として、日本人にはついていけない、理解不可能な知性的な言葉遣い、単語使用をしている。

日本風に聞けば、「理屈っぽい」「難しい」「専門的な」「気取った」「かっこつけた」「仰々しい」「大げさな」「特殊な」言葉遣い、ということになる。

だから、日本語への翻訳者は、実に苦労して、それらの単語や言い回しを‘噛み砕き’、意訳せざるを得ない。

+++++++++++++++

 

と、日本の映像文化を切って捨てています。

確かに、ヴォータンはずっと

「ザ・ホワイトハウス(原題:The West Wing)」

などを見続けていますが、そこでの会話は非常に知的なものです。

 

著者は、日本の活字文化に関しては、世界でも相当に高い水準に行っていると認めながら、それが映像文化になると(とくにテレビ)、おおよそ馬鹿げたものになると批判しています。

 

「最低線」

と酷評する海外のドラマの中に

「考える喜び」

が、まだ含まれているのに対して、日本のテレビ界にはその様なものを作り出そうと言う、文化が無いと批判しています。

 

ドラマの脚本家として活躍された方なので、どうしてもドラマを中心とした批評となっていますが、ヴォータンはもう一歩進めて、ジャーナリズム精神を持たないメディアとしてのテレビにも迫って頂きたかったと思います。

 

かなり、感情的な表現も多く、読みづらい本だと思いますが、いまのメディア特にテレビに対して、違和感を感じていらっしゃる方は、一度お読みになってみても良いと思います。

2009年4月 1日 (水)

読んでびっくり「資本主義はなぜ自壊したのか」

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 Book 資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

著者:中谷 巌
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「改革派経済人の懺悔の書」

と言うことで、久米宏氏などがTVやラジオで褒めていると言うので、嫌な予感はしたのですが、読まないことには何も言えないので読みました [][](・・ )フムフム

 

嫌な予感は的中┌|;|┐ガーン!!      

 

不勉強、無教養、無節操なアジテーター久米宏レベルが喜びそうな、どうしようもない内容に唖然とさせられます(Д;≡;Д)

 

「グローバル資本主義」と言う定義の怪しい用語を使って、アメリカの経済・社会運営を批判していますが、そもそも批判しているグローバル資本主義が、何であるのかと言うことに関して、きちんとした議論がありません。

それと、新自由主義と言う経済思潮を、意図的にか無意識にか混濁させ、現在の経済危機にぶちまけて批判して一件落着。

こんな、粗雑な論理で卒論を書いたのでは、まともな大学の経済学部は卒業できないでしょう(-_-;) 

 

しかも、文化論的な部分にまで触手を伸ばして、批判したり批評していますが、こちらはまったく勉強不足と言うより、教養の低さを露呈してしまっており、某大学の学長であったと言う経歴をお聞きして悲しくなりました。

せめてアメリカに住んで勉強していたと言うのなら、体験に根ざすものぐらいは、左翼小田実の

「何でも見てやろう」

何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5) Book 何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5)

著者:小田 実
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

程度のものではあって欲しかったのですが、ともかく驚くほど皮相で浅薄。

この方は本当にアメリカで生活をしていたのか?

一体何を見ていたのか?

と疑問を感じるほどです。

 

そもそも、分野こそ違え、学究の徒であるならば、せめてきちんとした研究書の一つや二つには、目を通してから執筆すれば、これほど恥を書くことはないのではないかと思うのですが、、、、

 

そこからさらに脱線?して、キューバやブータン、ポランニー、キリスト教及び一神教に対する皮相な知識に基づく論考、、、

 

そもそも、アメリカ人と十把ひとからげにするいい加減さにも驚きます。せめて、

民主党のアメリカ 共和党のアメリカ (日経プレミアシリーズ) Book 民主党のアメリカ 共和党のアメリカ (日経プレミアシリーズ)

著者:冷泉 彰彦
販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ぐらいは読んでおいて欲しかったですね。

これ新書ですよ!=つまり、氏の論評は新書レベル以下。

 

ブータンに関しては、ヴォータンも西谷美恵子女史のコラムなどを拝見して、非常に興味を持っていますが、氏の取り上げ方には

So What?(それで、どうだってんだよ!?)

と申し上げるしかありません。

雷龍王4世がお読みになったら、何とおっしゃるでしょうね?

 

後は、昔の日本は良かったと言う回顧趣味、、、

最後は、

「今こそ日本発の価値観を世界に」

と大上段に構えるのですが、中身はどうみても古色蒼然とした日本的価値観の押し付け。

 

「なぜ中国人には日本的雇用システムが理解できないのか」

に至っては、

「日本人と中国人の歴史的背景が違う」

と言いながら、いつの間にか

「(前略)日本的経営を浸透させることはできない」

と、結んでしまいます。

異質なものは、異質なものとして、認め合うと言うのが正しい姿勢であって、

<浸透させる>

などと言う発想は恐ろしいとしか言い様がありません。

大東亜共栄圏の亡霊と言われても仕方がないと思います。

 

余談ですが、氏は

「日本人だけが『信頼』をベースにしている」

と言う趣旨のことで、論陣を張っていらっしゃいますが、それこそとんでもない皮相な知識と経験に基づくものでしかありません。

 

以前、「経済学の終焉!?大前研一氏の終焉」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_808c.html

と言う暴論を書かせて頂きましたが、あの時以上の驚きでした。

 

資本主義はなぜ自壊したのか?

いや、自壊しているのは中谷氏です。

 

市場・資本主義が不完全であることは、市場にいる者は百も承知です。

しかし、だからといって市場・資本主義を否定する議論に組するのは、もっと危険なことです。

 

チャーチルの言をもじって言えば、

「資本主義は、最悪の経済形態と言う事が出来る。これまでに試みられてきた資本主義以外のあらゆる経済形態を除けば、、、だが」

です。

 

これ以上書くと、ヴォータンの品性を疑われかねないので、ここで筆を置かせて頂きます。

ヤレヤレ(-_-)

2009年3月31日 (火)

高速道路1000円乗り放題、定額給付金と税金、83人の識者に聞く?

ふと気付くと1ヶ月近く、ご無沙汰してしまいました(-.-)

最近、我々の仲間ではメールを打っても返事が来ないと、

「あいつ辞めたんじゃないか」

と心配になってしまいます。

 

ヴォータンの場合、外資系で突然辞めるケースと、邦銀で出向などで外に出てしまうケースの両方があって、ややこしいのですが、、、

 

と、言うことで、このブログもあんまり更新しないと、

「ついに、ヴォータンも消えたか」"( ^0^)∀☆∀(^0^ )"ワーイ

と、心配して?下さる方が出てしまうので、

「生きてますよ」(*m)ノ彡バンバン!

と言う意味で、あんまり中身は無いですが、少し気付いたことをメモしておきます(辞めても続けますけど)。

 

まず、話題の高速道路1000円乗り放題ですが、樹海と東京の間を行き来しているヴォータンは、当然多大な恩恵を蒙るはずだと、、、、(^^)

 

いつもの様に、金曜日の夕方から出発

河口湖インターで降りると

<料金は950円です>

「あはは、そうだ1000円均一は明日からだ。今日は、いつもの通勤割引とか言うので、半額(1900円)だったんだ」

「ン?じゃあ、帰りは950円から1000円に値上げ?」

などと、訳の分らないことを言っていたのですが、帰りもやはり休日特別割引の950円で帰ってきたんで、今までと何も変わりませんでした ;)

 

ただ、この週末は、今までこの時期に出会うことがなかった、「群馬」「とちぎ」「金沢」「いわき」と言ったナンバーの車に出会ってびっくりしました。

夏のシーズン中なら、別に驚かないんですが、何しろ樹海は氷点下4度と冷え込んだんで、、、

ちょっと、お気の毒でしたね ^_^;

 

ただ、帰りに反対車線(ヴォータンは日曜の朝帰りです)を見ても、夏場ほどの混み方ではなかったですね。

夕方、メディアで小仏トンネル付近を先頭に渋滞○○キロとヘリ中継をしていましたが、普段でも日曜の午後から夕方(特に春休み中ですから)は、そんなものなんで、ああいう煽るような報道はどうかな?と思いました。

日頃の混み方と、1000円均一後の混み方を比較すると言う、報道機関として基本的なトレーニングが不足しているのかもしれませんが。

 

次に、最近の政策としては定額給付金は避けて通れないと思います。

世界でも教養の高さでは飛びぬけている(少なくとも平均の高さはすごいでしょう)国民に、思わず

「使おう!」

と思わせるには、

「偶然もらったあぶく銭」

と感じる様な、サプライズとなる演出が必要だったと思います。

 

しかし、あれだけすったもんだして、色々な議論をされてしまうと、ヘリコプター・マネーの威力は激減してしまいます。

教養の高い国民は、ちゃんと先を読みますから、極端な話

「これは、将来の増税に備えて預金しておきます」

と、合理的期待形成仮説を地で行く様な、素晴らしい反応をする可能性があります。

 

ところで、これはメディアであまりまともの取り上げられませんでしたが、福島県川内村が

「定額給付金で、滞納していた税金を納めるよう求める文書を送った」

ところ、総務省から撤回する様<指導>を受けたとのことです。

 

確かに、ヘリコプター・マネーは使ってもらわないと意味が無い訳ですから、総務省の指導は経済政策と言う観点からは正しいと言えます。

しかし、これは税金を強制的に徴収する(=やくざのみかじめ料と同じ)政府としては、全くおかしな指導です。

総務省の理屈としては、

「家計への緊急支援と言う趣旨に合わない」

と言っていますが、日頃の税金の徴収にあたって、家計が困っていようがなんだろうが、強権的に取り立てている政府(やくざ)としては、おかしな話です。

 

原資が定額給付金であろうが、何であろうが、税金が払えるのなら、払えというのが徴税の論理のはずです。

それとも、お金に色がついていて、税金としてとってはいけないお金と言う物があるとでもいうのでしょうか?

 

ちょっと調べたのですが、川内村では約1200世帯の内300世帯が住民税を滞納しているとのことです。

この滞納率は異常に高いと言わざるを得ません(地方の疲弊と言う問題は、別途議論すべきですが)。

このままでは、行政サービスの低下は間違いないでしょう。そこで、村が定額給付金に目をつけたのは、正しい姿勢だと思います。

 

払う方も、もともと税金の督促を受けていたところへ、あぶく銭が来たんだから、そのまま税金に消えても構わないと言う気分ではないでしょうか(払わないと、いつかは強制執行されますから)。

それを、総務省が一体どういう権限で指導をして、徴税に手加減を加えさせたのか、その法的根拠に非常に疑問を感じます。

 

もし、これがまったく<法的根拠に基づかない指導>であり強制力は無いとしながらも、それに地方が従わないと、後で不利益を蒙ると思って従ったと言うのなら、とんでもない話です。

官僚の裁量行政の最たるものだと思います。

 

手心を加えてもらうとついうれしい様な気になりますが、相手に裁量権を与えることは、非常に危険だということを再認識すべきだと思います。

 

さて、何やら迷走している政策ですが、何を思ったか83人の識者から直接総理が意見を聞くという<イベント>が開催されました。

 

語るに落ちたとはこのことでしょう。

昔の総理は、碩学のところに自ら足を運んで、国を治めると言う大局的な判断に関する示唆を求めたと言います。

 

ところが、何の脈絡も無く1人3分ずつの意見を83人も聞いたら、、、

聖徳太子でも10人ですよ!

 

面談の内容を聞く機会があったのですが、やはり危惧したとおり、出席者の言いっ放し、総理の聞きっ放しだったそうです。

そもそも、どう言う基準で「識者」を集めたのか、かなり怪しいところがあって、極端な持論(非現実的)を滔々と述べる方もいらっしゃったそうで、、、

 

要するに大勢から短時間に話を聞くと言うことは、誰の話も聞かないと言うことだと思います。

それにしても、日本の中枢がここまで低レベルになるとは、、

2009年3月 3日 (火)

そんなにアメリカが嫌いですか?

確かに傲慢なんですよね。

20年以上米系の金融機関に勤めているんで、それはよく分ります。

 

だけど、世界中で本当の意味で日本の友人になってくれる国は、アメリカだけだと思いますよ。

 

世界中の色々な人と会いますが、平均的に日本人をきちんと差別無く受け入れてくれる(と言うより外国人を受け入れてくれる)のは、アメリカ人だと思います。

 

外資系に勤めている人間同士集まって話すことが、何度もあったのですが、少なくとも日本人を

「現地社員」

と言う、本国とは違ったカテゴリーに入れて別扱いしていないのは、米系だけでした。

そう言えば、日本の会社でも、一般的には

「海外の社員は、日本の社員とは別扱い」

ですよね?

 

日本での事業を縮小したり、撤退したりした場合に、とんでもない条件で日本人社員を切っただけでなく、本国から来ていた社員は、さっさと逃げ帰って、残った日本人があての無い残務整理に追われたと言う姿も見てきました。

ただ、少なくとも米系では、本国の社員の解雇と同じ条件が提示されていました。

 

それでも、嫌われるんですよね。

 

まあ、好き嫌いにとやかく言っても仕方が無いのですが、最近の

「アメリカの貪欲資本主義の崩壊」

「アメリカ型市場原理主義の蹉跌」

「世界をダメにしたアメリカ」

云々と言う、アメリカ・バッシング本や雑誌記事には辟易します。

 

確かに、サブ・プライム・ローン問題から金融危機が深刻化し、ビッグ3が政府の救済を求めるなどと言う姿を見ていると、

「ざまあみろ」

と言いたくなるのは分ります。

 

ただ、孫子は

「敵を知り己を知れば百戦して危うからず」

と言いました。

 

ところが、太平洋戦争の時に

「敵性言語だから」

と英語を禁止した(もし、戦争に勝って占領した後はどうするつもりだったんでしょうね?)体質、

「鬼畜米英」

の一言でレッテルを貼って粋がっていた体質と、全然変わっていないのではないかと暗然としてしまいます。

 

昨年の9月に

「米金融危機:本当に心配なのは日本」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-405b.html

と書いたのですが、今読み返してみると、前半のリーマンに関する部分は、

「心理に与える影響を過小評価していたな」

と、やや反省しているのですが、後半の

「日本の方が心配」

の部分はもっと甘かったと、大反省しています。もっと大声を出すべきでした。

 

ご存知の通り2008年第4四半期GDP成長率は、

日本   -12.7%

米       -6.2%

ユーロ圏  -5.9%

です。

 

ヴォータンは、ユーロ圏はもともとバラバラの政策しか打てない上に、東欧を抱えてしまった(実は、南米も)ので、もっと悪くなると思っていますが、それにしても現時点では日本の方が2倍もひどい状態です。

 

世界中の日本嫌いの人達がこれを見て、

「日本主義の崩壊」

「日本型原理主義の蹉跌」

「世界をダメにした日本」

と言う本や雑誌を出すのでしょうか?

 

そんなレッテル貼りに、何の意味も無いことがお分かり頂けると思います。

 

アメリカの投資銀行の中で、ヴォータンがこのブログで

「最近、品の無い輩が社内に増えた」

と言っていた連中がやっていたことが破綻したことは、間違いありません。

 

しかし、それ以上に日本型の経済運営そのものが、大きく破綻したことも、きちんと認めるべきだと思います。

 

最近、

「小泉政権の負の遺産」

と言うレッテルを貼って、無くした既得権を取り返そうとする勢力がありますが、とんでもない間違いです。

「規制を緩和しすぎて、、、」

と言う人は、規制で既得権益を守りたい人達ですから、これか新しいことにチャレンジしようとしている人の障害になるだけです。

 

規制を緩和して、若い人達がチャレンジ出来る場を広げる

失敗した場合の、セーフティ・ネットを整備する

 

と言う形で、優秀と言われる日本人が、前向きに走り出すベースを作るべきだと思います。

 

ヴォータンは日本の製造業に対する敬意に関しては、絶対に人後に落ちるとは思っていません。

何しろこのブログの一番最初(2006年5月)は、

日本の「製造業」に外資の触手――「選択」5月号の辛辣なコメント

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_b9b3.html

から始まっているくらいですから。

(それにしても、今読むとひどい文章ですが)

 

ただ、強い製造業に日本国中がおんぶに抱っことなってしまったことが、輸出に過度に依存する経済をつくってしまったことも確かです。

内需拡大と言うお題目は、みんな唱えるのですが、これだけ陰に陽に、あれやこれや規制をしていては、内需が盛り上がる訳がありません。

 

繰り返しになりますが、

アメリカを叩いても日本の状況は良くなりません。

もちろん、日本はアメリカの真似などしていてはいけません(世界中から良いところを盗むのは良いですが)。

若い人が失敗を恐れることなくチャレンジ出来るセーフティ・ネットを作るべきです。

 

そうしないと、このそこそこに豊かになってしまった国では、誰もチャレンジしなくなります。

 

やがて、間違いなくゆでガエルになると思います。

ただ、ずい分以前にこのブログに書いたのですが、、、

この国は、一度失敗すると再起が難しいですし、異端を認めてくれないんですよね。

「誰に貸すの?やり直しの難しい社会」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_656d.html

「個人保証を禁止せよ!」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_01fa.html

2009年2月24日 (火)

負の成果主義の悲惨な結末(補論)

日本の企業が、外資を真似て「成果主義」を導入することに反対し続けて10年。

 

結果は先日来のブログでご紹介した通りです。

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」(2008年5月6日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_dc34.html

「成果主義の10年(負の成果主義の悲惨な結末)」(2006年12月10日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/10_aafa.html

 

もう、言いたいことは全部言い尽くした様な気がしますし、そもそも悲惨な結果が出ているので、いまさらとは思うのですが、、、、

 

何か、言い忘れていたような気がして気になっていました。

 

やっと、思い出したので、メモのつもりで書き残しておきたいと思います。

 

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」

の中の会話で、

「我々外資は実は結構<アナログ>でやっている」

と書いていたのですが、もう少し付け加えると、

「個人ベースでの成果主義」

は、とっていないと言うことを書き加えておきたいと思います。

 

極端な話、1人で出来る仕事だったら、そもそも会社組織なんていらないんですよね。

「組織で働いて成果がなんぼ」

と言う話ですから、個人に一律に特定の成果を求めたりはしません。

 

「君にはこれこれをやって欲しい」

と言う話はしますが、ヴォータンが自分のグループの成果を最高のものにする為に、個別に指示しているだけであって、

「○○君、XX契約YY件!達成おめでとう!!」

と言う世界ではありません。

 

もちろん、

「何故『外資系』を選ぶのですか?(Part II)」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/part_f9fd.html

に書いたとおり、やたらと自己主張が強くて、個人が突っ張って前に飛び出してきますが、それと個人ベースの成果主義とは別の問題です。

 

日本の会社でも、昔から「部の目標」「課の目標」「営業店目標」などなどがあったと思いますが、実は外資も同じです。

ただ、現場の長にボーナスの支給や、採用・解雇と言った人事権があった為に、評価面でより木目の細かい運用が出来たと言うだけです。

つまり、外資と似たものにしたければ、現場に権限を下ろすことが大事だったのに、全然違うことに力を入れて、

「評価のやり方」

にベクトルが向いてしまったことが、失敗の原因だと思います。

 

歴史的に見ると、日本は外国から入ってきたものを換骨奪胎して、うまく日本的なものに作り変えて利用してきたと思います。

 

ただ、この成果主義だけは、換骨奪胎に失敗してしまい、本家でもやっていない様な、

「厳密な個人ベースでの成果主義」

などと言うお化けを生んでしまったのではないかと思います。

 

2009年2月23日 (月)

「食品の迷信」を読む

食品の迷信―「危険」「安全」情報に隠された真実とは Book 食品の迷信―「危険」「安全」情報に隠された真実とは

著者:芳川 充
販売元:ポプラ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

食品に関しては、以前BSE問題で大騒ぎになって、気の毒なことに焼肉店が軒並み倒産してしまった時に、取り上げたことがあります。

「何を食べれば安全か!」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_6268.html

「米国産牛肉輸入問題、本当に損をしたのは誰?」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_931e.html

「米国産牛肉輸入再開(再掲載)」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_9676.html

ただ、何分にも門外漢なので、それ以降は9月の

「日本の食と農 危機の本質」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-5482.html

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉) Book 日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)

著者:神門 善久
販売元:NTT出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

のご紹介以外はご遠慮していました。

 

先日、偶然「専門家」の方の書いたこの本を読んで、ヴォータンの当時の主張は当たらずとも言えど遠からずだったと確認しました。

 

この方は、実際に食の現場にいらっしゃる方ですから、まさに現場の声だと思います。

もちろん、輸入を手がけていらっしゃいますから、

「輸入品に甘い」

と言う批判も可能ですが、きちんとしたデータで、

「国産品信仰」

が、いかにいびつなものか示していらっしゃいます。

特に、アメリカの輸入品検査で引っ掛かった割合が、中国より日本の方が高いと言う客観的なデータは、直視すべきだと思います(書類不備も多い様ですが)。

 

ヴォータンは、もちろん地産地消に大賛成ですし、米は直接農家の方から買っています。

それでも、今の「中国叩き」は異常だと思っています。

 

何度も書きましたが、そのことで不当な利益を得ている人達がいるのは、間違いありません。

 

2009年2月19日 (木)

与謝野馨大臣のとんでも発言

中川昭一財務・金融大臣の辞任で、与謝野馨経済財政担当大臣が3役兼務と言う事になりました。

この未曾有の景気後退期に、主力となるべき業務をすべて1人に集中することは、意思決定が迅速になると言うプラス面もあると思います。

もっとも、巷で不安視されている通り、3役兼務して果たして業務が切り回せるのか、、、と言う見方の方が妥当だと思いますが、、、

 

さて、そう言う話とは別ですが、先日の与謝野大臣(長くなるので、「大臣」だけにします)の

「社会民主主義発言」

には、気になるところがあります。

 

毎日新聞(オンライン版)によれば

+++++++++++++

与謝野馨氏:自民、実は社会民主主義…新自由主義に疑念

 

 与謝野馨経済財政担当相は10日の参院財政金融委員会で

 

「この10年間の自民党の政策は外国から輸入したものを無理やりに移植してきたのではないか」

 

と述べ、新自由主義的な経済政策に疑念を呈した。峰崎直樹氏(民主)の質問に答えた。

 与謝野氏は

 

「この10年間の経済界の動きは決して我々が目指している社会ではない」

 

と指摘。

 

 「『強者が栄え、弱者が滅びる』という感じは自民党内にはあまりない。自民党は実は社会民主主義の政党だと思っている」

 

と述べた。【田中成之】

+++++++++++++

となっています。

「自由民主党の新理念」では

「(自由民主党は)真の自由主義・民主義政党である」

とあり、「新綱領」では

+++++++++++++

○小さな政府を
 私たちは、国、地方を通じて行財政改革を政治の責任で徹底的に進め、簡省を旨とし、行政の肥大化を防ぎ、効率的な、透明性の高い、信頼される行政をめざします。また、国、地方の適切な責任分担のもとで、地方の特色を活かす地方分権を推進します。

++++++++++++++

とうたっています。

どう考えても「社会民主主義政党」であるはずがありません。

その自由民主党の看板を背負って選挙に出て、しかも3つの大臣を兼務する要職につく方が、政治思想に関してこの様な安易な発言をされるのは如何なものなのでしょうか。

 

記者は、「新自由主義に否定的」と補足していますが、ほぼ当たっているのでしょう。

 

与謝野大臣が、以前から、新自由主義=市場をベースにした経済運営に否定的であることは分っていました。

小泉前首相や竹中現慶應義塾大学教授のとった改革路線が、市場経済をベースにしていたことから批判的であったことも事実です。

では、どの様な経済運営を考えていらっしゃるのでしょうか?

 

経済学をちょっとかじったことがあれば、「市場の失敗」が発生することぐらい誰でも知っています。

与謝野大臣の発言からは、市場の失敗が嫌いなので、政府の介入と規制で救おうと言う意図が感じられます。

しかし、同じく経済学をちょっとかじったことがあれば、「政府の失敗」の方が、その数十倍も悪いことも知っています。

 

しかも、日本には社会民主主義的な土壌があるかと言われると、それも怪しいのです。

 

大阪大学の大竹文雄教授が、1年ほど前の週刊東洋経済に寄稿していらっしゃった(面白かったのでとっておいた)のですが、

+++++++++++++ちょっと要約します++++++

市場競争とセーフティネットという、経済学者が考える標準的な組み合わせは、日本人の常識ではないようだ。

「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人はより良くなる」

という考え方にあなたは賛成するだろうか。

PEW研究センターと言う米国の調査機関が2007年に各国で意識調査をしている。

 日本では49%しか、この質問に賛成していない。

米国 70%

カナダ 71%

スウェーデン 71%

イギリス 72%

韓国 72%

イタリア 73%

中国 75%

スペイン 67%

ドイツ 65%

フランス 56%

ロシア 53%

主要国の中では日本人の市場経済に対する信頼感の低さは際立っている。

では、日本人は政府に頼っているのだろうか。

同じ調査で、

「自立できない非常に貧しい人たちの面倒を見るのは国の責任である」

という考え方に賛成するか否かを尋ねている。

 日本ではこの考え方に賛成しているのは59%である。この数字も国政的には際立って低い。

ほとんどの国で80%以上の人が、貧しい人の面倒を見るのは国の責任だ、と考えている。

カナダ 81%

フランス 83%

イタリア、スウェーデン、ロシア 86%

韓国 87%

中国 90%

イギリス 91%

ドイツ 92%

スペイン 92%

国の役割に否定的だと考えられる米国でも、70%の人が貧しい人たちの面倒を見るのは国の責務だと考えている。

多くの国では、市場経済と国の両方を信頼している。つまり、市場経済によって国全体の豊かさを増し、市場競争から貧困者が生まれれば、その面倒を見るのは国の責任だという考え方だ。

しかし、日本では格差拡大への対策として、セーフティネットではなく規制強化が議論される、少し変わった国である。

++++++++++++++++++++

少しではなくて、ずい分と変わった国だと思います。

 

与謝野大臣は、社会民主主義思想に基づいて、何をどうしたいと言うのでしょうか?

少なくとも、自由民主党の理念には反していると思われます。

 

それとも理念などと言うものは、どうでも良いのでしょうか?

 

ヴォータンは、与謝野大臣の発言の裏に、鼻持ちなら無い官僚支配と既得権益層擁護の臭いを感じます。

 

競争が制限されることで利益を得るのは、既得権益層です。

例えば、今苦労している非正規雇用状態にある人達ではありません。

 

市場経済をベースに経済運営をされると、既得権益層は新規参入者から脅かされる訳ですから、競争制限大賛成です。

 

ただ、悲しいことに市場経済に対して反発するもう一つの階層は、市場競争で敗れて、ある意味困窮してしまった人達です。

 

与謝野大臣の発言が気になるのは、この困窮した人達を助けると言う大義名分で、既得権益層の利権を守ろうとしているところです。

 

弱者救済の為に、競争を制限すると、階層が固定してしまうだけでなく、全体の豊かさが損なわれる為に、弱者はいつまで経っても弱者且つ誰も今より豊かになれないと言う悲しい世界となるのですが、、、

 

大竹教授が1年前におっしゃっていたとおり、日本は規制強化=競争制限の方向に向かっていますから、みんなで仲良く貧しくなりますね。

 

 

2009年2月18日 (水)

中川財務相辞任:「酒の上で、、」に見る彼我の違い

中川財務相が辞任しました。

酒の飲み過ぎで、酩酊状態で国際的な記者会見に臨んだ結果です。

 

実は、ヴォータンは、あの「もうろう会見」を見ていて、小渕元首相が亡くなる直前の、おそらく自宅前だったと思うのですが、記者に囲まれての応対が同じ様に「変」だったことを思い出し、

「もしかしたら、小渕元首相と同じ脳梗塞の初期症状では?」

と、心配したのですが、、、、、ただの酒の飲み過ぎだったとのことです(-_-;)ナンダ

 

(_o)?  (o_)?

ヴォータンも、思わず

「<ただの>酒の飲み過ぎ」

と書いてしまいましたが、実は

「酒の上でのこと」

に関する感覚は、日本(もしかしたらアジア?)と西欧(少なくとも米英)では著しい差があることをお伝えしておきたいと思います。

 

もうろう会見に関して、あるTV番組が

「中川財務相は辞任すべきか?」

と言う街頭インタビューを行なった結果を、昨日の朝報道していました。

 

画面に出た人の内3人が

「辞めるべき」

と答え、1人だけが

「まあ、酒の飲み過ぎかもしれないけど、記者会見で醜態をさらした程度で辞めなくても」

と答えていました。

 

ところが、その後のグラフでは、辞めるべきと答えた人は40%で、60%の人は辞めなくてもよいと答えたとなっていました。

 

ちょっと、脱線しますけど、この番組編集は、明らかに世論誘導の意図がありますね。

TV画面では、3人が辞めろと言っていて、辞めなくてもいいと言った人が1人しか出てこない訳ですから、

「世間では、辞めろと言う意見が強いんだ」

と言う印象を持った人が多いはずです。

---こう言う例は結構ありますから気をつけましょうね。なにしろ、一億火の玉、鬼畜米英と言って好戦ムードを煽ったのは、軍部ではなくメディアですから、、、

 

さて、この60%が辞めなくてよいと言ったところに、日本人の

「酒の上でのことだから、、」

と言う、酒に寛容な文化が表れていると思います。

 

ところが、これが英米に行くと、とんでもない話になります。

 

ヴォータンは、幸運なことに酒が強く(しかも、大好き(σ^0^)σですが)、赤くもなりません。

 

ただ、日本人の多くの方は、あまり酒が強くありませんし、強い弱いに関係なく、お酒を飲むと赤くなる方が多くいらっしゃいます。

 

ところが、ヴォータンの知る限りの英米人は、少々のお酒(ワイン1、2本)程度では平然としていますし、赤くもなりません。

ですから、先日の

「テレビじゃ言えない健康話のウソ」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-0491.html

で触れたとおり、彼らは結構昼から飲みます。

 

強いですし、赤くもなりませんから、そのままオフィスに戻って平然と仕事をします。

--時々臭いですが、、、;)

 

それだけに、彼等の感覚では、中川財務相の様に、酒を飲んでろれつが回らないと言う状態にまで至っている姿は、

「こいつ、ものすごく飲んだな!(おそらくワイン5、6本以上)」

と言うことに、当然なってしまいます。

 

酒の為に、業務や日常生活に差し支えるようなことがあると、

「あいつは、自己管理が出来ない=社会人として失格」

と言う評価となり、世間からつまはじきされてしまいます。

 

逆に、中川財務相が

「飲んだか、飲まないか、『ごっくん』したか」

は、日本の皆さん以外は、誰も問題視していないはずです。飲んでも一向に構いません。

むしろ、あの会議の出席者で、午後になっても酒が入っていなかった人は、ほとんどいなかったと思います(日本の出席者は、飲んでいない方でしょう)。

 

ただ、

酩酊状態になっていた=当事者能力を失っていた

と言うことで、アウトが宣告されている訳です。

 

実は、ヴォータンは、こんな経験をしたことがあります。

NYから大ボスが来日した時に、シニア・メンバーだけの着席の会食とは別に、彼の管理下にある部署の全員が参加しての懇親会を行ないました。

 

気楽な立食で、若い人とも直接話がしたいと言う大ボスの意図だったのですが、、、

 

懇親会の途中で、大ボスがヴォータンのところに、そっと寄って来て

「あの、○○君は大丈夫か?」

「え?」

と思って、○○君を見ると、確かに顔が真っ赤ですし、立ち居振る舞いも、いわゆる

「普通の日本の酔っ払い」

です、、、、、が、そうひどいものではありません。

 

ただ、その場で

「日本人は酒に強くない。赤くなってもけっして大量に飲んだことを意味する訳ではない」

と言い訳しても仕方が無いと思ったので、○○君を呼んで事情を話して、そっと先に帰らせました。

 

もちろん、大量に飲んでいた訳でもなんでもありませんから、彼は翌日元気に出社して、何の問題もありません。

 

後で、大ボスには

「有り難う。彼は確かに昨日体調が悪かったんだ。ただ、あなたとの大事な懇親会だと言うので無理をして出席していたので、あんな状態になっていた。早く帰って休ませたので、今日は元気に出社している」

と言って取り繕いました。

 

この大ボスは、その後何回も日本に来る内に、

「日本人はお酒に弱い。赤くなっても自分達の感覚で言う大量飲酒(ウィスキー1本?)を意味する訳ではない」

と理解してくれましたが、、、、

英米人の一般的な理解が、彼の最初の反応のままであることは言うまでもありません。

 

お酒に弱い方、飲むと赤くなる方は、知らない英米人と同席した場合には、最初から飲まない方が賢明です。

 

禁酒法を作ったくらいの連中ですし、なまじ強いんで、「アルコール依存症」で苦労している人の数は、日本よりずっと多いですから、彼等の中にもアルコールを絶対口にしない人はいくらでもいます。

 

ましてや、無理に付き合うなどと言う文化はありませんから、無理に飲む必要はまったくありませんよ(-;)(-_-;)オレノサケガノメナイノカ

2009年2月17日 (火)

「アメリカ人の政治」を読む

ヴォータンは、20年以上アメリカの金融機関に勤めています。

しかも、海外に行くことが珍しかった30年前に、約1ヵ月半を掛けて、北米大陸を太平洋岸から大西洋岸、北はカナディアン・ロッキーの氷河から南はアリゾナの砂漠まで、一人でバスに乗って這い回ったと言う経歴を持っています。

--カネが無くて飛行機に乗れなかっただけですが、、、;)

 

それだけに、「アメリカ」は特別な存在ですし、自分なりのアメリカ観を持っているつもりです。

 

ただ、仕事柄,、「経済面」に関する理解は十分に深いと思いますが、「政治面」に関する理解は、ある程度の知識があると言ったレベルに留まっています。

 

と、言うのも、仕事上で知り合ったアメリカ人や、その30年前にバックパッカーとして歩いていた時に知り合った人達とは、いくら親しくなっても「政治と宗教の話」は避けてきたからです。

 

これは、日本人の友人達との間でも同じで、「政治と宗教の話」は、絶対にしないことにしています(親友は、キリスト教学者ですが、、、)。

 

そうすると、まあ日本は何とかなるんですが、どうしても「アメリカの政治」に関しては、断片的な知識の集積に留まっていました。

アメリカ人の政治 (PHP新書) Book アメリカ人の政治 (PHP新書)

著者:吉原 欽一
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新書レベルですから、アメリカの政治を学問として専攻していらっしゃる人には、物足りないかもしれませんが、全般を理解する入門書としてはすぐれていると思います。

 

特に、第一章の

「アメリカ人の正義は、相対的である」

と言う指摘は、日頃

「日本人は多神教国家で、絶対的な真理を信じないから、すべてが相対的。それに較べて一神教の人々は、、、、」

と言う紋切り型の宗教観・社会観・倫理観、、、を聞かされていた皆さんには非常に新鮮だと思いますよ。

 

私も著者の意見とまったく同じで、日本人の方がずっと

「絶対的正義が存在する」

と言う幻想を抱いていると思います。

2009年2月16日 (月)

解雇規制は、実は弱者いじめ

このところメディアでは、「解雇」「首切り」「派遣切り(これはちょっと定義が怪しいですが)」と言った、雇用不安を募らせる言葉が飛び交っています。

 

そうなると、メディアのコメンテーターの皆さんは、

「簡単に解雇させるな」

と、言う趣旨の発言をして悦に入っていらっしゃいます。

 

確かに、目先のことだけを考えれば、

「解雇させなければ失業する人も出ない」

と言うことになりますから、いかにも正しいことを言っているつもりなのでしょう。

 

残念ながら、こう言う方々は危険なアジテーターでしかありません。

以前にも書きましたが、特にTVでのコメントは、時間が限られている上に、ディレクターやプロデューサーの持って行きたい方向で発言する人が重宝がられて出演していますから、間違っても肩書にだまされて「有識者」などと、思うべきではありません。

 

また、たとえまっとうな方でも、時間制限の中ではなかなかきちんとした話は出来ないものです。

やはり、面倒でもまっとうな活字メディアに頼るべきだと思います。

 

脱線してしまいました、、、、

さて、これはちょっとでも経済学をかじった人間からすると、まったく変な話だと言うことに気付くはずです。

 

今よりさらに解雇がしにくくなったとなれば、雇っている側の会社はどうするでしょう?

 

景気は良い時ばかりではありませんから、経営する側としては、景気が悪くなった場合に人員を調整することが難しいと言うことが心配になります。

 

そうなると、ヴォータンが経営者ならば、景気が良い時でも、

「次に業績が悪化した時に解雇しにくいから、本当は10人必要なんだけど、7人にしよう」

と言うことで、正社員の30%残業を増やして対処します。

つまり、本来雇われたはずである3人が、失業状態に留まることになります。

 

次に、どうしても雇う必要があるならば、解雇しやすい契約社員や派遣、バイトなどなどのいわゆる

「正社員ではない人(非正規雇用)」

を増やして対処することを考えます。

 

それは、けしからん!となって、非正規雇用者も簡単に解雇出来ないとなったならば、、、、、(今、進もうとしている方向です)

 

ここが経済学の冷たいところなんですが、労働費用が上がったと考えて、設備投資を行なって、人を使わない様にします。

 

つまり、どの段階の解雇を規制しても、実は雇用そのものが失われてしまうと言う結果になるのです。

 

しかも、景気が良いときは「残業」で乗り切ろうとしますから、雇われている人には過重な労働が掛かることになります。

最近、正社員の過重労働と言う問題がささやかれていますよね。

  

不景気になると、当然雇用は増えませんから、失業者が溢れることになりますが、この失業者の人数は、雇用規制があった場合の方が多いことはあっても、少ないと言うことはありえません。

  

何やら、暗い話になってしまいましたが、これが経済学から導かれる結論です。

 

ちなみに、現在起きている「派遣」の問題は、非正規雇用の道を広げながら、解雇を規制しなかったからだ、と言う議論をする方がいらっしゃいますが、これが間違いであることは、ここまでの議論でお分かりだと思います。

非正規雇用社員の解雇規制は、単に雇用を減少させ、最初から就職できない失業者を増やすだけでしかありません。

 

厳しい話になりますが、労働者の教育を行なって、質の高い、付加価値のある労働を提供できる国民によって、全体のパイを大きくしていくしか解決策は無いと思っています。

 

ただ、これを社会問題として捉えるならば、正社員と言う既得権益層と、非正規社員と言うアウトサイダーの対立、国民の二極分化と言うことが懸念されます。

 

ヴォータンは、日本の場合比較的高齢の正社員の権益があまりに守られすぎて、若年層にしわ寄せがいっているのでは無いかと気になって仕方がありません。

 

今の、若年層が日本を支える年代になった時に、実はスキルの無い非正規雇用の社員ばかりだったと言うのは、恐ろしい図です。

 

公的年金は「ねずみ講」?

ヴォータン家の娘は、幸運なことに内定取り消しにもならず、まもなく就職して自分で稼ぐようになります。

そうなると社会保険料も自分で払うようになります。

 

実は、今頃になって気付いたんですが、そもそも、社会保険料は税金ではなくて、自分が将来受け取る年金の原資を払い込んでいる訳ですから、娘の資産になる訳で、、、、

と言うことは、娘の老後の小遣いをヴォータンは払ってやっていたことになります。

 

そう考えると、これはバイト代で払わせるべきでしたねò)

気付くのが遅かった ;)

 

と、ここまで考えてきて、ふと気になったのが、「年金保険料の未納問題」です。

 

社会保険庁が「未納率を下げる」為に、不正を働いていたとか、年金記録が消えたと言うことが一時期メディアで大騒ぎになり、最近はやや下火になってしまいましたが、実は現在も問題は解決している訳ではありません。

 

そもそも、何で「未納」が問題なんでしょう?

 

自分で払った年金原資を国が安全に運用し、歳をとったらその原資+運用益を受け取る。

ただし、早く死んでしまうと受け取り分は少なくなる。

逆に言えば、思ったより長生きしても、先に無くなった方の分を回してもらえれると思えば、不安が小さくなる(トンチン年金と言うらしいですが)。

 

と言う形であれば、それほど文句も出ない社会的な扶助のシステムだと思います。

 

未納の人は、

「原資を払っていないから、もらえない」

で、一件落着のはずです。

 

ところが、「未納」が問題になるのは、今の年金制度がここで述べた「積み立て式」ではなくて「賦課方式」となっているからです。

 

今の公的年金では、「受け取る年金額」が固定されています。

この水準は、現在受け取っている人達が払い込んだ金額を越える場合が多い様です(ちょっと、この辺は専門家ではないので怪しいですが)。

 

そうなると、

「将来の自分の年金の原資」

のつもりで払い込んでいるはずのお金が、一部は流用されてしまい、実際には積み立てられていない訳ですから、

「受け取る時には、足りない」

と言う現象が起きることになります。

 

しかも、この状態で未納が増えると、今の年金の支給額を確保出来なくなりますから、強制的に天引きしている厚生年金や、今ちゃんと国民年金の保険料を払っている人に、手っ取り早く沢山払ってもらって穴埋めするしかなくなります。

 

これって、どう考えてもおかしいですよね?

まさに正直者が馬鹿を見ると言う話の典型です。

 

ある計算によれば、1970年辺りに分水嶺があって、それより前に生まれた人は国民年金に入っていると「得」をして、それ以降の人は「損」をするそうです。

 

それが分っているのに、国民年金に入ると言う人は、、、よほどのお人よしと言うことになってしまいます。

 

未納者に対する罰則を強化すると言う話がありますが、これは本末転倒の議論だと思います。

 

今の制度は、現役世代から強制的に収奪して、引退した世代に所得を移転しています。

つまり、税金による所得の再分配機能を年金に持たせている訳です。

そうなると、脱税が起きるのと同じで「未納」が起きるのは当然でしょう。

 

何しろ、世代と言う大きなくくりで縛られて、強制的に所得を移転させられている訳ですから、

「年金はあなたの老後の資金です。ちゃんと収めましょう」

と言う言い方は、詐欺としか言い様がありません。

 

詐欺と言うと言い過ぎかもしれませんが、正しくは、

「あなたの先輩の世代を養う為に、『年金』の様なものを払ってください。ただし、あなたがその世代になった場合には、あんまりもらえません」

と言うことをきちんと伝えるべきではないでしょうか?

 

今、年金問題を扱うメディアなどで

「現在は、現役世代4人で引退世代1人を支える形ですが、20年後には現役世代1人で引退世代1人を支えることになります」

などと説明して、年金の原資が必要だと言う説明をしていますが、これは大事な点をぼかしています。

 

何で、「支えないといけない」のでしょうか?

そのことに関して、ちゃんと民主主義的なステップを踏んでいるのでしょうか?

もしかしたら、今「負担」している人達が選挙権を持つ前に(または、生まれる前に)、勝手に決めてしまった制度ではないでしょうか?

 

ここは正直に、

「年金は賦課方式ですから、現役世代が上の世代にお金を送ることになっている。ただ、あなたが払っている年金は、残念ですが老後にはもらえません」

と、明確に言うべきです。

  

これを解決するには、70年以前(先程の話が正しければ)に生まれた人の年金保険料を上げるか、受給額を減らすしかないはずです。

 

払ってもいないお金を老後に受け取れるなどと言ううまい話がある訳がありません。 

 

ン?と、ここまで書いて今思いつきました。

 

これは、ねずみ講なんだと、、、、、

 

そう思いませんか?

 

--あんまり、得意な分野じゃないので、なにやら書き散らしてしまって恐縮です(_)

2009年2月 5日 (木)

テレビじゃ言えない健康話のウソ

タイトルを見ると、テレビで盛んに取り上げられている「健康法」に対するアンチテーゼ本、暴露本かと思いますが、もう少し広い範囲をカバーした、極めて常識的な医療本と考えた方が良いと思います。

 

逆に言えば、もう少し個別に

「怪しげな健康法叩き」

をやって頂いた方が読み物としては面白かったと思います。

 

テレビじゃ言えない健康話のウソ Book テレビじゃ言えない健康話のウソ

著者:中原 英臣
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

それでも、

「第一章 健康診断・人間ドックウソばかり」

で、正常値を操作することで病人が製造されてしまう様は非常に参考になります。 

 

また、検査技術が進んだことで

「発見してしまい」

「治療したくなって」

「結果として治療の失敗で患者が死ぬ」

と言う現実は、医療の進歩に踊らされることの恐ろしさを良く示していると思います。

 

医者と良いコミュニケーションをとることの重要さも、きちんと指摘されています。

 

ただ、最近非常に感じるのですが、昔に比べるとどのお医者さんも、非常に丁寧に具体的な説明をしてくれるようになったと思います。

 

実は、ヴォータンが一番うれしかったのは

「日本人の休肝日は週二日ではなく一晩でOK」

でした、理由がふるっていて

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アメリカ人やヨーロッパ人は昼間からワインやビールを飲むので休肝日は「週に二日」必要ですが、日本には昼間はお酒を飲まないという素晴らしい生活習慣があります。

夜にお酒を飲んで翌日の晩を休肝日にすると、翌々日の晩までアルコールを口にしないことになります。

小学校の算数で習った「植木算」を思い出してください。

日本人の休肝日は「週に一晩」でいいことになります。

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何だかすごく納得するでしょう [][](・・ )フムフム

さあ、じゃんじゃん飲める"( ^0^)∀☆∀(^0^ )"

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