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2006年12月30日 (土)

成果主義の10年(負の成果主義の悲惨な結末)

成果主義が日本企業に本格的に導入されてほぼ10年が経ちました。

先駆者となった富士通の実態に関しては、元人事部員の城 繁幸氏が「内側から見た富士通『成果主義』の崩壊」と言う本を出版しましたので、お読みになった方もいらっしゃると思いますが、悲惨の一言に尽きます。

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 内側から見た富士通「成果主義」の崩壊

著者:城 繁幸
販売元:光文社
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ヴォータンは10年前に「日本企業における年俸制・成果給導入」と言う小論をごく内輪の論文集に寄稿し、導入反対の論陣を張りました。その後、それに目を留めた某大学で労働経済学を専攻している教授に請われて大学院生を相手に講義を行ないました。

ただ、その時の反応は意外にも

「日本企業は、いつまでも年功序列・終身雇用ではやっていけない。これからは、海外の企業の様に成果主義を取り入れることで、出来る個人に高い評価を与えていかないと優秀な人材を確保できないし、競争力もつかない」

と言うものでした。

あれから10年。当時ヴォータンが恐れていたことが現実となりました。タワーズ・ペリンが今年の夏に発表した調査結果は衝撃的なものです。

+++++ 引用 「日経情報ストラテジ- (2006/8/1)」 +++++

人事戦略コンサルティング会社の米タワーズペリンは、「仕事に対して『非常に意欲的』と感じる日本人は世界16カ国中で最低となるわずか2%しかいない」という調査・分析結果を明らかにした。仕事に「意欲的でない」と答えた日本人も41%おり、インドの56%に次いで2番目に低い。

非常に意欲的

普通に意欲的

意欲的でない

ブラジル

31%

62%

7%

メキシコ

40%

51%

9%

ベルギー

18%

67%

15%

ドイツ

15%

70%

15%

アイルランド

15%

70%

15%

アメリカ

21%

63%

16%

カナダ

17%

66%

17%

オランダ

8%

73%

19%

韓国

9%

71%

20%

フランス

9%

68%

23%

イギリス

12%

65%

23%

中国

8%

67%

25%

スペイン

11%

64%

25%

イタリア

7%

64%

29%

日本

2%

57%

41%

インド

7%

37%

56%

グローバル

14%

62%

24%

アジア平均

6%

57%

37%

++++++++++++++++++ 引用終 +++++++++++++++

これは衝撃的な数字です。10年前、15年前にこの調査を行なっていれば、間違いなくブラジル並みの数字が出ていたはずです。

一体、何を間違ったのでしょうか?

ヴォータンは最近日本企業の成果主義のことを、自分が外資でエンジョイさせて頂いたものと区別する為に、「負の成果主義」と呼んでいます。

頑張って成果を上げれば、素晴らしい対価を得られると言う前向きのものであったはずの成果主義のベクトルをまったく逆向きにさせてしまったからです。

ちょっと長くなりますが、10年前の小論の一部を掲載させて頂きます。

ポイントは、

「志願兵制では無い日本企業に、成果主義を導入すべきではない」

と言うことです。

+++++++++++++ 引用 1996年小論 ++++++++++++++++

(前半部分は「年俸制」と言う言葉の定義と使用法がおかしいという論旨なので省略します)

そこでやはり議論の中心は、成果給制とその眼目とも言える査定・評価ということになります。

私の様に成果が数字で簡単に出てき易い市場部門に在籍していても、査定というのは頭痛の種です。

単にあの人はAランクこの人はBランクと言う成績がつくだけでは無く、これがその年のボーナスと翌年の固定給に直結するのですから大変なことです。

よく、「儲けた額に応じて払えば良い」と思われがちですが、例えば為替ですと、担当した通貨・顧客によってその収益額が全く違ってきますので単純には行きませんし、収益に直結しないスタッフも大勢抱えていますので更に複雑です。

 

勿論きちんとした算式があるのですが、これは飽くまでその収益単位レベル(注:部、支店、子会社と言うイメージです)への支給総額を決定することにしか使用出来ません。

そこで、実はその先の個人への支給額の査定は、最終的には「その収益単位の長の腹一つ」と言う100%属人制と言っても過言ではありません。

 

なにやらえらく乱暴な話なのですが、それでも組織が成り立っているのは、一つには人事部からの指示で配属となった者がおらず、構成員がすべて自分の意思によって職種・職場を選択して所属しているからです。

自分から手を上げて仕事と会社を選んだ訳ですから、「損な仕事・損な部署だから評価が低い」と言った不満は出にくいことになります。

私共の組織の場合、各収益単位の長が収益責任と同時に人事責任(人事権)をも負っており、収益とコストを勘案して独自に採用・解雇を行なうことが出来ます。

因みに、人事部とは文字通り人事関係の仕事をする部署です。その為か、お恥ずかしい話ですが、私は未だに当行の人事部と総務部の仕事の違いがよく解っていません。

 

しかし、自分で選んで入って来たとは言え、評価に不満が出る事は当然起こります。

そこで上司との交渉を行なう訳ですが、自分が外に出ても現在以上の評価を受けることが出来ないのであれば、今の評価を受け入れざるを得ないですし、もっと高い評価を得られるのであれば転社(職)ということになります。

前年の働きに対するボーナスと、今年の固定給の決まる1、2月に転社(職)が多いのはその為です。

この客観的な自分の市場価値の評価と流動性の確保の為に、外部労働市場が必要なのです。と言うのも、査定される側が自分の市場での価値を知らず、又どうしてもその組織に属していなければ著しく不利益を被ると言う状況であれば、交渉力など無きに等しいからです。

 

この様に、査定と言う極めて難しいものがついて回る成果給制の導入に当たっては、まず人事部から人事権を剥奪してある程度の大きさの組織単位に分割委譲し、単位組織の責任者と本人の双方の希望に基づく配属制にするという企業の内部システムの変更と、労働の企業間移動が著しく不利にならず、ある程度保証された社会システムが成立していることが前提となると思われます。

 

新卒で入社した企業と言う蛸壺から一度出ると二度と他の蛸壺にはまともに入れず、ほとんどの場合、転社(職)が転落となるのが今の日本の社会状況です。

そこに、このあいまいな査定と言うものが強くつきまとう成果給制を導入する事は、その会社に居ざるを得ない、交渉力の無い大多数の従業員にとって極めて危険だと思われます。査定と言うのは本当に難しいのです。

それにも拘わらず、本人の希望に関係なく仕向けられた仕事の出来不出来を査定されて、それに不満であっても行き場所が無く、給与に大きな格差が出るという状態は、企業として良い状態だとは思えません。

 

企業の成長が止まれば年功序列型賃金体系の維持が難しくなることは理解出来ますが、現在在籍している人達は、入社から退職まで勤め上げて初めてトータルの経済的見返りが釣り合うという現在の制度を前提としてきたはずです。

それにも拘らず、中高年に迄「現在の成果に基づく年俸制」を導入し、結果的に給与水準が下がる様に仕向けるのは、この暗黙の労働協約若しくは暗黙の了解に反していると思われます。

 

若年層であれば、現在の日本に於いてもある程度の労働の移動が可能な事を考えると、成果に基づく年俸制の導入は、今後入社してくる若年層に対し予め採用条件をして明示する形で、順次導入していくことが望ましいのではないでしょうか。

(後略)

++++++++++++++++++ 引用終 ++++++++++++++++++

10年前の文章は、ひとつの文が長い悪文ですね(--;)

ある特定の制度は、社会環境・思想まで含めた無数のサブシステムに支えられることによって初めて機能するということが理解されないまま、単独の制度だけ移植するととんでもないことになるという経験を成果主義の導入によって日本企業は学んだはずです。

 

いや、歴史の教訓に学ばないのが昭和以降の日本人の特性でしたね。

今度は、ホワイトカラー・エグゼンプションですから。

 

結果は火を見るより明らかですので、今から、

「負のホワイトカラー・エグゼンプション」

と命名しておきます。

 

+++++++++おまけ++++++++

 

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ヴォータンには一銭も入らないんですが、(;一_)ジロ  ()テヘヘ

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