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2009年2月24日 (火)

負の成果主義の悲惨な結末(補論)

日本の企業が、外資を真似て「成果主義」を導入することに反対し続けて10年。

 

結果は先日来のブログでご紹介した通りです。

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」(2008年5月6日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_dc34.html

「成果主義の10年(負の成果主義の悲惨な結末)」(2006年12月10日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/10_aafa.html

 

もう、言いたいことは全部言い尽くした様な気がしますし、そもそも悲惨な結果が出ているので、いまさらとは思うのですが、、、、

 

何か、言い忘れていたような気がして気になっていました。

 

やっと、思い出したので、メモのつもりで書き残しておきたいと思います。

 

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」

の中の会話で、

「我々外資は実は結構<アナログ>でやっている」

と書いていたのですが、もう少し付け加えると、

「個人ベースでの成果主義」

は、とっていないと言うことを書き加えておきたいと思います。

 

極端な話、1人で出来る仕事だったら、そもそも会社組織なんていらないんですよね。

「組織で働いて成果がなんぼ」

と言う話ですから、個人に一律に特定の成果を求めたりはしません。

 

「君にはこれこれをやって欲しい」

と言う話はしますが、ヴォータンが自分のグループの成果を最高のものにする為に、個別に指示しているだけであって、

「○○君、XX契約YY件!達成おめでとう!!」

と言う世界ではありません。

 

もちろん、

「何故『外資系』を選ぶのですか?(Part II)」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/part_f9fd.html

に書いたとおり、やたらと自己主張が強くて、個人が突っ張って前に飛び出してきますが、それと個人ベースの成果主義とは別の問題です。

 

日本の会社でも、昔から「部の目標」「課の目標」「営業店目標」などなどがあったと思いますが、実は外資も同じです。

ただ、現場の長にボーナスの支給や、採用・解雇と言った人事権があった為に、評価面でより木目の細かい運用が出来たと言うだけです。

つまり、外資と似たものにしたければ、現場に権限を下ろすことが大事だったのに、全然違うことに力を入れて、

「評価のやり方」

にベクトルが向いてしまったことが、失敗の原因だと思います。

 

歴史的に見ると、日本は外国から入ってきたものを換骨奪胎して、うまく日本的なものに作り変えて利用してきたと思います。

 

ただ、この成果主義だけは、換骨奪胎に失敗してしまい、本家でもやっていない様な、

「厳密な個人ベースでの成果主義」

などと言うお化けを生んでしまったのではないかと思います。

 

2009年2月23日 (月)

「食品の迷信」を読む

食品の迷信―「危険」「安全」情報に隠された真実とは Book 食品の迷信―「危険」「安全」情報に隠された真実とは

著者:芳川 充
販売元:ポプラ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

食品に関しては、以前BSE問題で大騒ぎになって、気の毒なことに焼肉店が軒並み倒産してしまった時に、取り上げたことがあります。

「何を食べれば安全か!」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_6268.html

「米国産牛肉輸入問題、本当に損をしたのは誰?」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_931e.html

「米国産牛肉輸入再開(再掲載)」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_9676.html

ただ、何分にも門外漢なので、それ以降は9月の

「日本の食と農 危機の本質」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-5482.html

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉) Book 日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)

著者:神門 善久
販売元:NTT出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

のご紹介以外はご遠慮していました。

 

先日、偶然「専門家」の方の書いたこの本を読んで、ヴォータンの当時の主張は当たらずとも言えど遠からずだったと確認しました。

 

この方は、実際に食の現場にいらっしゃる方ですから、まさに現場の声だと思います。

もちろん、輸入を手がけていらっしゃいますから、

「輸入品に甘い」

と言う批判も可能ですが、きちんとしたデータで、

「国産品信仰」

が、いかにいびつなものか示していらっしゃいます。

特に、アメリカの輸入品検査で引っ掛かった割合が、中国より日本の方が高いと言う客観的なデータは、直視すべきだと思います(書類不備も多い様ですが)。

 

ヴォータンは、もちろん地産地消に大賛成ですし、米は直接農家の方から買っています。

それでも、今の「中国叩き」は異常だと思っています。

 

何度も書きましたが、そのことで不当な利益を得ている人達がいるのは、間違いありません。

 

2009年2月19日 (木)

与謝野馨大臣のとんでも発言

中川昭一財務・金融大臣の辞任で、与謝野馨経済財政担当大臣が3役兼務と言う事になりました。

この未曾有の景気後退期に、主力となるべき業務をすべて1人に集中することは、意思決定が迅速になると言うプラス面もあると思います。

もっとも、巷で不安視されている通り、3役兼務して果たして業務が切り回せるのか、、、と言う見方の方が妥当だと思いますが、、、

 

さて、そう言う話とは別ですが、先日の与謝野大臣(長くなるので、「大臣」だけにします)の

「社会民主主義発言」

には、気になるところがあります。

 

毎日新聞(オンライン版)によれば

+++++++++++++

与謝野馨氏:自民、実は社会民主主義…新自由主義に疑念

 

 与謝野馨経済財政担当相は10日の参院財政金融委員会で

 

「この10年間の自民党の政策は外国から輸入したものを無理やりに移植してきたのではないか」

 

と述べ、新自由主義的な経済政策に疑念を呈した。峰崎直樹氏(民主)の質問に答えた。

 与謝野氏は

 

「この10年間の経済界の動きは決して我々が目指している社会ではない」

 

と指摘。

 

 「『強者が栄え、弱者が滅びる』という感じは自民党内にはあまりない。自民党は実は社会民主主義の政党だと思っている」

 

と述べた。【田中成之】

+++++++++++++

となっています。

「自由民主党の新理念」では

「(自由民主党は)真の自由主義・民主義政党である」

とあり、「新綱領」では

+++++++++++++

○小さな政府を
 私たちは、国、地方を通じて行財政改革を政治の責任で徹底的に進め、簡省を旨とし、行政の肥大化を防ぎ、効率的な、透明性の高い、信頼される行政をめざします。また、国、地方の適切な責任分担のもとで、地方の特色を活かす地方分権を推進します。

++++++++++++++

とうたっています。

どう考えても「社会民主主義政党」であるはずがありません。

その自由民主党の看板を背負って選挙に出て、しかも3つの大臣を兼務する要職につく方が、政治思想に関してこの様な安易な発言をされるのは如何なものなのでしょうか。

 

記者は、「新自由主義に否定的」と補足していますが、ほぼ当たっているのでしょう。

 

与謝野大臣が、以前から、新自由主義=市場をベースにした経済運営に否定的であることは分っていました。

小泉前首相や竹中現慶應義塾大学教授のとった改革路線が、市場経済をベースにしていたことから批判的であったことも事実です。

では、どの様な経済運営を考えていらっしゃるのでしょうか?

 

経済学をちょっとかじったことがあれば、「市場の失敗」が発生することぐらい誰でも知っています。

与謝野大臣の発言からは、市場の失敗が嫌いなので、政府の介入と規制で救おうと言う意図が感じられます。

しかし、同じく経済学をちょっとかじったことがあれば、「政府の失敗」の方が、その数十倍も悪いことも知っています。

 

しかも、日本には社会民主主義的な土壌があるかと言われると、それも怪しいのです。

 

大阪大学の大竹文雄教授が、1年ほど前の週刊東洋経済に寄稿していらっしゃった(面白かったのでとっておいた)のですが、

+++++++++++++ちょっと要約します++++++

市場競争とセーフティネットという、経済学者が考える標準的な組み合わせは、日本人の常識ではないようだ。

「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人はより良くなる」

という考え方にあなたは賛成するだろうか。

PEW研究センターと言う米国の調査機関が2007年に各国で意識調査をしている。

 日本では49%しか、この質問に賛成していない。

米国 70%

カナダ 71%

スウェーデン 71%

イギリス 72%

韓国 72%

イタリア 73%

中国 75%

スペイン 67%

ドイツ 65%

フランス 56%

ロシア 53%

主要国の中では日本人の市場経済に対する信頼感の低さは際立っている。

では、日本人は政府に頼っているのだろうか。

同じ調査で、

「自立できない非常に貧しい人たちの面倒を見るのは国の責任である」

という考え方に賛成するか否かを尋ねている。

 日本ではこの考え方に賛成しているのは59%である。この数字も国政的には際立って低い。

ほとんどの国で80%以上の人が、貧しい人の面倒を見るのは国の責任だ、と考えている。

カナダ 81%

フランス 83%

イタリア、スウェーデン、ロシア 86%

韓国 87%

中国 90%

イギリス 91%

ドイツ 92%

スペイン 92%

国の役割に否定的だと考えられる米国でも、70%の人が貧しい人たちの面倒を見るのは国の責務だと考えている。

多くの国では、市場経済と国の両方を信頼している。つまり、市場経済によって国全体の豊かさを増し、市場競争から貧困者が生まれれば、その面倒を見るのは国の責任だという考え方だ。

しかし、日本では格差拡大への対策として、セーフティネットではなく規制強化が議論される、少し変わった国である。

++++++++++++++++++++

少しではなくて、ずい分と変わった国だと思います。

 

与謝野大臣は、社会民主主義思想に基づいて、何をどうしたいと言うのでしょうか?

少なくとも、自由民主党の理念には反していると思われます。

 

それとも理念などと言うものは、どうでも良いのでしょうか?

 

ヴォータンは、与謝野大臣の発言の裏に、鼻持ちなら無い官僚支配と既得権益層擁護の臭いを感じます。

 

競争が制限されることで利益を得るのは、既得権益層です。

例えば、今苦労している非正規雇用状態にある人達ではありません。

 

市場経済をベースに経済運営をされると、既得権益層は新規参入者から脅かされる訳ですから、競争制限大賛成です。

 

ただ、悲しいことに市場経済に対して反発するもう一つの階層は、市場競争で敗れて、ある意味困窮してしまった人達です。

 

与謝野大臣の発言が気になるのは、この困窮した人達を助けると言う大義名分で、既得権益層の利権を守ろうとしているところです。

 

弱者救済の為に、競争を制限すると、階層が固定してしまうだけでなく、全体の豊かさが損なわれる為に、弱者はいつまで経っても弱者且つ誰も今より豊かになれないと言う悲しい世界となるのですが、、、

 

大竹教授が1年前におっしゃっていたとおり、日本は規制強化=競争制限の方向に向かっていますから、みんなで仲良く貧しくなりますね。

 

 

2009年2月18日 (水)

中川財務相辞任:「酒の上で、、」に見る彼我の違い

中川財務相が辞任しました。

酒の飲み過ぎで、酩酊状態で国際的な記者会見に臨んだ結果です。

 

実は、ヴォータンは、あの「もうろう会見」を見ていて、小渕元首相が亡くなる直前の、おそらく自宅前だったと思うのですが、記者に囲まれての応対が同じ様に「変」だったことを思い出し、

「もしかしたら、小渕元首相と同じ脳梗塞の初期症状では?」

と、心配したのですが、、、、、ただの酒の飲み過ぎだったとのことです(-_-;)ナンダ

 

(_o)?  (o_)?

ヴォータンも、思わず

「<ただの>酒の飲み過ぎ」

と書いてしまいましたが、実は

「酒の上でのこと」

に関する感覚は、日本(もしかしたらアジア?)と西欧(少なくとも米英)では著しい差があることをお伝えしておきたいと思います。

 

もうろう会見に関して、あるTV番組が

「中川財務相は辞任すべきか?」

と言う街頭インタビューを行なった結果を、昨日の朝報道していました。

 

画面に出た人の内3人が

「辞めるべき」

と答え、1人だけが

「まあ、酒の飲み過ぎかもしれないけど、記者会見で醜態をさらした程度で辞めなくても」

と答えていました。

 

ところが、その後のグラフでは、辞めるべきと答えた人は40%で、60%の人は辞めなくてもよいと答えたとなっていました。

 

ちょっと、脱線しますけど、この番組編集は、明らかに世論誘導の意図がありますね。

TV画面では、3人が辞めろと言っていて、辞めなくてもいいと言った人が1人しか出てこない訳ですから、

「世間では、辞めろと言う意見が強いんだ」

と言う印象を持った人が多いはずです。

---こう言う例は結構ありますから気をつけましょうね。なにしろ、一億火の玉、鬼畜米英と言って好戦ムードを煽ったのは、軍部ではなくメディアですから、、、

 

さて、この60%が辞めなくてよいと言ったところに、日本人の

「酒の上でのことだから、、」

と言う、酒に寛容な文化が表れていると思います。

 

ところが、これが英米に行くと、とんでもない話になります。

 

ヴォータンは、幸運なことに酒が強く(しかも、大好き(σ^0^)σですが)、赤くもなりません。

 

ただ、日本人の多くの方は、あまり酒が強くありませんし、強い弱いに関係なく、お酒を飲むと赤くなる方が多くいらっしゃいます。

 

ところが、ヴォータンの知る限りの英米人は、少々のお酒(ワイン1、2本)程度では平然としていますし、赤くもなりません。

ですから、先日の

「テレビじゃ言えない健康話のウソ」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-0491.html

で触れたとおり、彼らは結構昼から飲みます。

 

強いですし、赤くもなりませんから、そのままオフィスに戻って平然と仕事をします。

--時々臭いですが、、、;)

 

それだけに、彼等の感覚では、中川財務相の様に、酒を飲んでろれつが回らないと言う状態にまで至っている姿は、

「こいつ、ものすごく飲んだな!(おそらくワイン5、6本以上)」

と言うことに、当然なってしまいます。

 

酒の為に、業務や日常生活に差し支えるようなことがあると、

「あいつは、自己管理が出来ない=社会人として失格」

と言う評価となり、世間からつまはじきされてしまいます。

 

逆に、中川財務相が

「飲んだか、飲まないか、『ごっくん』したか」

は、日本の皆さん以外は、誰も問題視していないはずです。飲んでも一向に構いません。

むしろ、あの会議の出席者で、午後になっても酒が入っていなかった人は、ほとんどいなかったと思います(日本の出席者は、飲んでいない方でしょう)。

 

ただ、

酩酊状態になっていた=当事者能力を失っていた

と言うことで、アウトが宣告されている訳です。

 

実は、ヴォータンは、こんな経験をしたことがあります。

NYから大ボスが来日した時に、シニア・メンバーだけの着席の会食とは別に、彼の管理下にある部署の全員が参加しての懇親会を行ないました。

 

気楽な立食で、若い人とも直接話がしたいと言う大ボスの意図だったのですが、、、

 

懇親会の途中で、大ボスがヴォータンのところに、そっと寄って来て

「あの、○○君は大丈夫か?」

「え?」

と思って、○○君を見ると、確かに顔が真っ赤ですし、立ち居振る舞いも、いわゆる

「普通の日本の酔っ払い」

です、、、、、が、そうひどいものではありません。

 

ただ、その場で

「日本人は酒に強くない。赤くなってもけっして大量に飲んだことを意味する訳ではない」

と言い訳しても仕方が無いと思ったので、○○君を呼んで事情を話して、そっと先に帰らせました。

 

もちろん、大量に飲んでいた訳でもなんでもありませんから、彼は翌日元気に出社して、何の問題もありません。

 

後で、大ボスには

「有り難う。彼は確かに昨日体調が悪かったんだ。ただ、あなたとの大事な懇親会だと言うので無理をして出席していたので、あんな状態になっていた。早く帰って休ませたので、今日は元気に出社している」

と言って取り繕いました。

 

この大ボスは、その後何回も日本に来る内に、

「日本人はお酒に弱い。赤くなっても自分達の感覚で言う大量飲酒(ウィスキー1本?)を意味する訳ではない」

と理解してくれましたが、、、、

英米人の一般的な理解が、彼の最初の反応のままであることは言うまでもありません。

 

お酒に弱い方、飲むと赤くなる方は、知らない英米人と同席した場合には、最初から飲まない方が賢明です。

 

禁酒法を作ったくらいの連中ですし、なまじ強いんで、「アルコール依存症」で苦労している人の数は、日本よりずっと多いですから、彼等の中にもアルコールを絶対口にしない人はいくらでもいます。

 

ましてや、無理に付き合うなどと言う文化はありませんから、無理に飲む必要はまったくありませんよ(-;)(-_-;)オレノサケガノメナイノカ

2009年2月17日 (火)

「アメリカ人の政治」を読む

ヴォータンは、20年以上アメリカの金融機関に勤めています。

しかも、海外に行くことが珍しかった30年前に、約1ヵ月半を掛けて、北米大陸を太平洋岸から大西洋岸、北はカナディアン・ロッキーの氷河から南はアリゾナの砂漠まで、一人でバスに乗って這い回ったと言う経歴を持っています。

--カネが無くて飛行機に乗れなかっただけですが、、、;)

 

それだけに、「アメリカ」は特別な存在ですし、自分なりのアメリカ観を持っているつもりです。

 

ただ、仕事柄,、「経済面」に関する理解は十分に深いと思いますが、「政治面」に関する理解は、ある程度の知識があると言ったレベルに留まっています。

 

と、言うのも、仕事上で知り合ったアメリカ人や、その30年前にバックパッカーとして歩いていた時に知り合った人達とは、いくら親しくなっても「政治と宗教の話」は避けてきたからです。

 

これは、日本人の友人達との間でも同じで、「政治と宗教の話」は、絶対にしないことにしています(親友は、キリスト教学者ですが、、、)。

 

そうすると、まあ日本は何とかなるんですが、どうしても「アメリカの政治」に関しては、断片的な知識の集積に留まっていました。

アメリカ人の政治 (PHP新書) Book アメリカ人の政治 (PHP新書)

著者:吉原 欽一
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新書レベルですから、アメリカの政治を学問として専攻していらっしゃる人には、物足りないかもしれませんが、全般を理解する入門書としてはすぐれていると思います。

 

特に、第一章の

「アメリカ人の正義は、相対的である」

と言う指摘は、日頃

「日本人は多神教国家で、絶対的な真理を信じないから、すべてが相対的。それに較べて一神教の人々は、、、、」

と言う紋切り型の宗教観・社会観・倫理観、、、を聞かされていた皆さんには非常に新鮮だと思いますよ。

 

私も著者の意見とまったく同じで、日本人の方がずっと

「絶対的正義が存在する」

と言う幻想を抱いていると思います。

2009年2月16日 (月)

解雇規制は、実は弱者いじめ

このところメディアでは、「解雇」「首切り」「派遣切り(これはちょっと定義が怪しいですが)」と言った、雇用不安を募らせる言葉が飛び交っています。

 

そうなると、メディアのコメンテーターの皆さんは、

「簡単に解雇させるな」

と、言う趣旨の発言をして悦に入っていらっしゃいます。

 

確かに、目先のことだけを考えれば、

「解雇させなければ失業する人も出ない」

と言うことになりますから、いかにも正しいことを言っているつもりなのでしょう。

 

残念ながら、こう言う方々は危険なアジテーターでしかありません。

以前にも書きましたが、特にTVでのコメントは、時間が限られている上に、ディレクターやプロデューサーの持って行きたい方向で発言する人が重宝がられて出演していますから、間違っても肩書にだまされて「有識者」などと、思うべきではありません。

 

また、たとえまっとうな方でも、時間制限の中ではなかなかきちんとした話は出来ないものです。

やはり、面倒でもまっとうな活字メディアに頼るべきだと思います。

 

脱線してしまいました、、、、

さて、これはちょっとでも経済学をかじった人間からすると、まったく変な話だと言うことに気付くはずです。

 

今よりさらに解雇がしにくくなったとなれば、雇っている側の会社はどうするでしょう?

 

景気は良い時ばかりではありませんから、経営する側としては、景気が悪くなった場合に人員を調整することが難しいと言うことが心配になります。

 

そうなると、ヴォータンが経営者ならば、景気が良い時でも、

「次に業績が悪化した時に解雇しにくいから、本当は10人必要なんだけど、7人にしよう」

と言うことで、正社員の30%残業を増やして対処します。

つまり、本来雇われたはずである3人が、失業状態に留まることになります。

 

次に、どうしても雇う必要があるならば、解雇しやすい契約社員や派遣、バイトなどなどのいわゆる

「正社員ではない人(非正規雇用)」

を増やして対処することを考えます。

 

それは、けしからん!となって、非正規雇用者も簡単に解雇出来ないとなったならば、、、、、(今、進もうとしている方向です)

 

ここが経済学の冷たいところなんですが、労働費用が上がったと考えて、設備投資を行なって、人を使わない様にします。

 

つまり、どの段階の解雇を規制しても、実は雇用そのものが失われてしまうと言う結果になるのです。

 

しかも、景気が良いときは「残業」で乗り切ろうとしますから、雇われている人には過重な労働が掛かることになります。

最近、正社員の過重労働と言う問題がささやかれていますよね。

  

不景気になると、当然雇用は増えませんから、失業者が溢れることになりますが、この失業者の人数は、雇用規制があった場合の方が多いことはあっても、少ないと言うことはありえません。

  

何やら、暗い話になってしまいましたが、これが経済学から導かれる結論です。

 

ちなみに、現在起きている「派遣」の問題は、非正規雇用の道を広げながら、解雇を規制しなかったからだ、と言う議論をする方がいらっしゃいますが、これが間違いであることは、ここまでの議論でお分かりだと思います。

非正規雇用社員の解雇規制は、単に雇用を減少させ、最初から就職できない失業者を増やすだけでしかありません。

 

厳しい話になりますが、労働者の教育を行なって、質の高い、付加価値のある労働を提供できる国民によって、全体のパイを大きくしていくしか解決策は無いと思っています。

 

ただ、これを社会問題として捉えるならば、正社員と言う既得権益層と、非正規社員と言うアウトサイダーの対立、国民の二極分化と言うことが懸念されます。

 

ヴォータンは、日本の場合比較的高齢の正社員の権益があまりに守られすぎて、若年層にしわ寄せがいっているのでは無いかと気になって仕方がありません。

 

今の、若年層が日本を支える年代になった時に、実はスキルの無い非正規雇用の社員ばかりだったと言うのは、恐ろしい図です。

 

公的年金は「ねずみ講」?

ヴォータン家の娘は、幸運なことに内定取り消しにもならず、まもなく就職して自分で稼ぐようになります。

そうなると社会保険料も自分で払うようになります。

 

実は、今頃になって気付いたんですが、そもそも、社会保険料は税金ではなくて、自分が将来受け取る年金の原資を払い込んでいる訳ですから、娘の資産になる訳で、、、、

と言うことは、娘の老後の小遣いをヴォータンは払ってやっていたことになります。

 

そう考えると、これはバイト代で払わせるべきでしたねò)

気付くのが遅かった ;)

 

と、ここまで考えてきて、ふと気になったのが、「年金保険料の未納問題」です。

 

社会保険庁が「未納率を下げる」為に、不正を働いていたとか、年金記録が消えたと言うことが一時期メディアで大騒ぎになり、最近はやや下火になってしまいましたが、実は現在も問題は解決している訳ではありません。

 

そもそも、何で「未納」が問題なんでしょう?

 

自分で払った年金原資を国が安全に運用し、歳をとったらその原資+運用益を受け取る。

ただし、早く死んでしまうと受け取り分は少なくなる。

逆に言えば、思ったより長生きしても、先に無くなった方の分を回してもらえれると思えば、不安が小さくなる(トンチン年金と言うらしいですが)。

 

と言う形であれば、それほど文句も出ない社会的な扶助のシステムだと思います。

 

未納の人は、

「原資を払っていないから、もらえない」

で、一件落着のはずです。

 

ところが、「未納」が問題になるのは、今の年金制度がここで述べた「積み立て式」ではなくて「賦課方式」となっているからです。

 

今の公的年金では、「受け取る年金額」が固定されています。

この水準は、現在受け取っている人達が払い込んだ金額を越える場合が多い様です(ちょっと、この辺は専門家ではないので怪しいですが)。

 

そうなると、

「将来の自分の年金の原資」

のつもりで払い込んでいるはずのお金が、一部は流用されてしまい、実際には積み立てられていない訳ですから、

「受け取る時には、足りない」

と言う現象が起きることになります。

 

しかも、この状態で未納が増えると、今の年金の支給額を確保出来なくなりますから、強制的に天引きしている厚生年金や、今ちゃんと国民年金の保険料を払っている人に、手っ取り早く沢山払ってもらって穴埋めするしかなくなります。

 

これって、どう考えてもおかしいですよね?

まさに正直者が馬鹿を見ると言う話の典型です。

 

ある計算によれば、1970年辺りに分水嶺があって、それより前に生まれた人は国民年金に入っていると「得」をして、それ以降の人は「損」をするそうです。

 

それが分っているのに、国民年金に入ると言う人は、、、よほどのお人よしと言うことになってしまいます。

 

未納者に対する罰則を強化すると言う話がありますが、これは本末転倒の議論だと思います。

 

今の制度は、現役世代から強制的に収奪して、引退した世代に所得を移転しています。

つまり、税金による所得の再分配機能を年金に持たせている訳です。

そうなると、脱税が起きるのと同じで「未納」が起きるのは当然でしょう。

 

何しろ、世代と言う大きなくくりで縛られて、強制的に所得を移転させられている訳ですから、

「年金はあなたの老後の資金です。ちゃんと収めましょう」

と言う言い方は、詐欺としか言い様がありません。

 

詐欺と言うと言い過ぎかもしれませんが、正しくは、

「あなたの先輩の世代を養う為に、『年金』の様なものを払ってください。ただし、あなたがその世代になった場合には、あんまりもらえません」

と言うことをきちんと伝えるべきではないでしょうか?

 

今、年金問題を扱うメディアなどで

「現在は、現役世代4人で引退世代1人を支える形ですが、20年後には現役世代1人で引退世代1人を支えることになります」

などと説明して、年金の原資が必要だと言う説明をしていますが、これは大事な点をぼかしています。

 

何で、「支えないといけない」のでしょうか?

そのことに関して、ちゃんと民主主義的なステップを踏んでいるのでしょうか?

もしかしたら、今「負担」している人達が選挙権を持つ前に(または、生まれる前に)、勝手に決めてしまった制度ではないでしょうか?

 

ここは正直に、

「年金は賦課方式ですから、現役世代が上の世代にお金を送ることになっている。ただ、あなたが払っている年金は、残念ですが老後にはもらえません」

と、明確に言うべきです。

  

これを解決するには、70年以前(先程の話が正しければ)に生まれた人の年金保険料を上げるか、受給額を減らすしかないはずです。

 

払ってもいないお金を老後に受け取れるなどと言ううまい話がある訳がありません。 

 

ン?と、ここまで書いて今思いつきました。

 

これは、ねずみ講なんだと、、、、、

 

そう思いませんか?

 

--あんまり、得意な分野じゃないので、なにやら書き散らしてしまって恐縮です(_)

2009年2月 5日 (木)

テレビじゃ言えない健康話のウソ

タイトルを見ると、テレビで盛んに取り上げられている「健康法」に対するアンチテーゼ本、暴露本かと思いますが、もう少し広い範囲をカバーした、極めて常識的な医療本と考えた方が良いと思います。

 

逆に言えば、もう少し個別に

「怪しげな健康法叩き」

をやって頂いた方が読み物としては面白かったと思います。

 

テレビじゃ言えない健康話のウソ Book テレビじゃ言えない健康話のウソ

著者:中原 英臣
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

それでも、

「第一章 健康診断・人間ドックウソばかり」

で、正常値を操作することで病人が製造されてしまう様は非常に参考になります。 

 

また、検査技術が進んだことで

「発見してしまい」

「治療したくなって」

「結果として治療の失敗で患者が死ぬ」

と言う現実は、医療の進歩に踊らされることの恐ろしさを良く示していると思います。

 

医者と良いコミュニケーションをとることの重要さも、きちんと指摘されています。

 

ただ、最近非常に感じるのですが、昔に比べるとどのお医者さんも、非常に丁寧に具体的な説明をしてくれるようになったと思います。

 

実は、ヴォータンが一番うれしかったのは

「日本人の休肝日は週二日ではなく一晩でOK」

でした、理由がふるっていて

++++++++++

アメリカ人やヨーロッパ人は昼間からワインやビールを飲むので休肝日は「週に二日」必要ですが、日本には昼間はお酒を飲まないという素晴らしい生活習慣があります。

夜にお酒を飲んで翌日の晩を休肝日にすると、翌々日の晩までアルコールを口にしないことになります。

小学校の算数で習った「植木算」を思い出してください。

日本人の休肝日は「週に一晩」でいいことになります。

+++++++++++++

何だかすごく納得するでしょう [][](・・ )フムフム

さあ、じゃんじゃん飲める"( ^0^)∀☆∀(^0^ )"

2009年2月 3日 (火)

雇用崩壊―安易な移民政策のツケ

「だから言わんこっちゃ無い」

と言ってしまうと身も蓋も無いんですが、、、

ヴォータンは、このブログで安易な「労働力の輸入」に反対してきました。

 

「3K移民を禁止せよ」(2008年10月15日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/3k-538b.html

「移民、不法就労、人道的な立場とは?」(2007年5月6日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_a580.html

 

今週号の週刊東洋経済の特集は「雇用崩壊」です。

 

その中で「構造矛盾」と称して、外国人労働者が放り出されている様がレポートされています。

 

そこに描かれているのは、安価な労働力として利用し、利益を享受してきた企業から突然放り出された外国人を、地域社会がコストを払って助けようとしている姿です。

 

ヴォータンは、以前のブログで

 

「労働者を輸入することで、企業は『便益』を受けますが、その生身の人間が居住することによる『コスト』は社会が払うことになります。

初歩の経済学の教科書にある通り、これは『外部不経済』です」

 (中略)

「それでも労働力を輸入すると言うのであるならば、その企業に対して

『労働者の家族が日本で普通に生活できる水準の給与を支払い』

『言葉の不自由な家族、子供たちを受け入れて四苦八苦している、地元の社会・学校に通訳を置く費用を負担すること』

を義務付けるべきです。

こうして、『外部不経済』の部分を企業の内部に取り込ませて、コストを明確にし、社会全体として改めて考えたら

『安価な労働力ではない』

と言う事に気付くはずです。」

 

と指摘していたのですが、残念ながらコストを企業に負担させる前に、一番恐れていた首切りが起きてしまい、責任を取らせることが出来なくなってしまいました。

 

しかも、家族の面倒をみる負担どころか、労働力であったはずの本人の面倒をみると言う負担が、一気に「社会」にのしかかってきてしまいました。

 

次に起きることは明らかです。これも以前予測したとおり

 

「急いで対処しないと、日本にスラムとゲットーが出現し、移民二世の青年と極右青年との衝突に機動隊が出動する日はそう遠くないと思います。」

 

と言うことになります。

 

東洋経済の本文中に、すでにその兆候が表れています。

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実際、取材したブラジル人の中には

「チャイニーズがわれわれの仕事を奪う」

と、憎悪に満ちた目で訴える者もいた。

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人種、民族が違うと言うことからくる、弱者同士の憎悪の連鎖ほど恐いものはありません。

 

残念ながら、日本も間違った形で移民を取り込むと言うミスを犯してしまいました。

これから我々は、色々な形でこのツケを払わされると覚悟するしかありません。

 

不幸中の幸いなのは、諸外国に比べてまだ人数が少なかったと言うことでしょう。

2009年2月 1日 (日)

「最底辺の10億人」を読む

ヴォータンは、自慢?じゃないんですが、海外にはかなり出かけているのに、「大陸」にはほとんど足を踏み入れたことがありません。

金融関係、特にマーケット・リスクの世界にいると、出かけるのは何故か「島」ばかりです。

 

NY-マンハッタン島

ロンドン-グレート・ブリテン島

香港-香港島

シンガポール-シンガポール島

シドニー-オーストラリア、、、ン?これは大陸か?

 

ついでですが、新婚旅行はニュー・カレドニア島です ;)

  

厳密に言えば、今は無くなった香港の啓徳空港は九龍サイドですから中国大陸ですし、ロンドンへルフト・ハンザで行った時は、トランジットでフランクフルトに降りましたし、学生時代には北米大陸を40日間ほどさ迷っていたこともありますが、基本的に海外に出かけている割には「大陸」に縁が無い状態が続いています。

すくなくとも、今の職業についてから、ともかく海に面した文明の発達した場所にしか行く機会がありません。

どうしてなんでしょう?

 

最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か? Book 最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?

著者:ポール・コリアー
販売元:日経BP社
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この「最底辺の10億人」と言う本の第4章「内陸国の罠」を読んでいて、ヴォータンが行く場所は

「先進国の中でも、さらに金融市場が発達した場所」

つまり、もっとも発展した場所であり、その裏返しがこの内陸国の罠に当てはまると言うことが、実感できました。

 

海外と自由に交易出来ることが、どれほど経済の発展に大事なのかがよく分かる話です。

 

最近、景気減速から「保護主義」的な動きが、出ていますが、「保護主義」は政治家と既得権益層を利するだけで、国家としては大損失を被ることを、はっきりと自覚するべきだと思います。

 

きちんとした書評が多く出ていますので、簡単にご紹介しますが、

 

第一部 なにが本当の問題なのか?

 第一章 脱落し崩壊する最底辺の10億人の国

 

第二部 これらの国を捕らえる数々の罠

 第二章 紛争の罠

 第三章 天然資源の罠

 第四章 内陸国の罠

 第五章 小国における悪いガバナンスの罠

 

第三部 グローバル化がもたらしたもの

 第六章 世界経済の中で好機を逸する最貧国

 

第四部 われわれのとるべき手段

 第七章 救済のための援助となっているのか?

 第八章 軍事介入

 第九章 法と憲章

 第十章 周縁化を逆換させる貿易政策

 

第五部 最底辺の10億人の国にとっての戦い

 第十一章 われわれの行動の指針

 

と、非常に興味深い内容が、実例を挙げて紹介されています。

 

現行の援助はきわめて非効率となっており、「ベンチャーキャピタル型」が必要であると言う指摘、軍事介入が必要な場合があるなど、、、、、

 

そこで、書評を書いていらっしゃる皆さんが、触れていない部分をひとつ

 

「フランスではきわめて最近まで、企業が底辺の10億人の国で公務員を買収した場合、その支払いは課税控除の対象になっていた。

つまり、フランスの納税者は買収に協力していたのである。

もちろんフランス国内なら事情は違ってくる。フランスの企業がフランスの政治家を買収した場合には、課税控除ではなく犯罪捜査の対象となるだろう」

 

まあ、こういうしたたかさではフランスはピカ一ですが、他の国も似たり寄ったりだと思います。

 

「世の中いい人ばかりじゃない」

と言うことは、外資系生活を20年以上の中で、強く感じてきました。

 

その意味では、日本と日本人は「甘い」かもしれませんが、非常につき合いやすく住みやすい良い人と国だと思います。

 

ただ、その素晴らしい国民と国家を守る為に、政治家と外交官だけは、この「いい人ばかりじゃない」世界に通用する人達であって頂きたいんですが、、、、

 

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