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2009年2月24日 (火)

負の成果主義の悲惨な結末(補論)

日本の企業が、外資を真似て「成果主義」を導入することに反対し続けて10年。

 

結果は先日来のブログでご紹介した通りです。

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」(2008年5月6日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_dc34.html

「成果主義の10年(負の成果主義の悲惨な結末)」(2006年12月10日)

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/10_aafa.html

 

もう、言いたいことは全部言い尽くした様な気がしますし、そもそも悲惨な結果が出ているので、いまさらとは思うのですが、、、、

 

何か、言い忘れていたような気がして気になっていました。

 

やっと、思い出したので、メモのつもりで書き残しておきたいと思います。

 

「負の成果主義の悲惨な結末(再論)」

の中の会話で、

「我々外資は実は結構<アナログ>でやっている」

と書いていたのですが、もう少し付け加えると、

「個人ベースでの成果主義」

は、とっていないと言うことを書き加えておきたいと思います。

 

極端な話、1人で出来る仕事だったら、そもそも会社組織なんていらないんですよね。

「組織で働いて成果がなんぼ」

と言う話ですから、個人に一律に特定の成果を求めたりはしません。

 

「君にはこれこれをやって欲しい」

と言う話はしますが、ヴォータンが自分のグループの成果を最高のものにする為に、個別に指示しているだけであって、

「○○君、XX契約YY件!達成おめでとう!!」

と言う世界ではありません。

 

もちろん、

「何故『外資系』を選ぶのですか?(Part II)」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/part_f9fd.html

に書いたとおり、やたらと自己主張が強くて、個人が突っ張って前に飛び出してきますが、それと個人ベースの成果主義とは別の問題です。

 

日本の会社でも、昔から「部の目標」「課の目標」「営業店目標」などなどがあったと思いますが、実は外資も同じです。

ただ、現場の長にボーナスの支給や、採用・解雇と言った人事権があった為に、評価面でより木目の細かい運用が出来たと言うだけです。

つまり、外資と似たものにしたければ、現場に権限を下ろすことが大事だったのに、全然違うことに力を入れて、

「評価のやり方」

にベクトルが向いてしまったことが、失敗の原因だと思います。

 

歴史的に見ると、日本は外国から入ってきたものを換骨奪胎して、うまく日本的なものに作り変えて利用してきたと思います。

 

ただ、この成果主義だけは、換骨奪胎に失敗してしまい、本家でもやっていない様な、

「厳密な個人ベースでの成果主義」

などと言うお化けを生んでしまったのではないかと思います。

 

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