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2009年4月14日 (火)

道を聞かれる人、、、

以前にも書いたことがありますが、ヴォータンはよく道を聞かれます。

日本だけでなく、NYでも、ロンドンでも、香港でも、、、

 

先日も、薄暗くなった六本木のロア・ビル前を、六本木交差点の方に向かって歩いていたら、知らないオバサンがスッと寄って来て

「あのーーーーッ!東京ミッド・タウンはどこですかっ?」

 

実は、ヴォータンはボーズのQuietComfort 3と言うノイズ・キャンセリング機能付のヘッド・フォンを愛用していますから、どう見ても

「ヘッド・フォンをしている人」

です。

インナー・タイプの人と違って話しかけにくいはずなんですが、それに負けずに大声で聞いたオバサンの大胆さに脱帽、、(___ ___ ;)尸マイッタ

 

と、言うことで今日のmixiの

「道を聞くとき、どんな人に声をかけますか」

記事を思わず読んでしまいました。

 

記事によると、道を聞くときの基準は、

「親切そうなおじさんに聞く」

---極悪な顔だとは思わないけど、親切な顔でもない

「にこにこした感じの人」

---何でもないのにニコニコして歩いていたら気味が悪い

「同性で、断らなさそうに見える人」

---これは、女性でしょう

「年配の人に聞く」

---まだ、「年配」には見えないと、、、

 

と、その後記事は、さらに踏み込んで

+++++++++++++++

同じくらい多かったのが、残念ながら「普通っぽい人」というもの。

「普通のサラリーマンっぽい人」

---冬はダブルの背広だから、普通ではないと、、、

「服装とか髪型とか、見た目がとにかく普通っぽい人」

---うーーーん、背広だし、髪型はモヒカンじゃないし、、、

これ、結局、

「人畜無害」

とは言わないまでも、無難な線で声をかけられている可能性は高いのか。

さらに、行動・雰囲気の特徴としては、以下のようなものが挙げられた。

「ゆっくり歩いている人」

---背筋を伸ばして、かかとから着地して歩くので、姿勢が良いと言われるけど、ともかく速いことは間違いないε=ε=ε=(┌ _)┘

「せかせか急いでいない人」

---当然ハズレ!!

「なんとなく余裕がある人」

---なんとなくねぇ

+++++++

となっています。

 

うーーーん、歩く速さには自信があるんで、後半部分は完全にハズレ!

 

と言うことは、単に

「あなたは、普通の人畜無害のオジサン」

と宣言されたようで、、、、

 

ちょっと突っ張ってるつもりだったので、がっかりしました(*_*; 

 

ちなみに、方向感覚には自信があって、世界中どこに行っても迷ったことがありません。

だから、道を聞く相手としては、確かに最適だとは思いますが、、、

 

まさか、そこまで読める人が道を聞く訳はないし、、、

 

2009年4月 6日 (月)

「おテレビ様と日本人」を読む

何の気なしに手にした本です。

著者の林秀彦氏と言う方に関して、何も知りませんでしたが、日本のテレビ界のある一時代を画した方の様です。

おテレビ様と日本人 Book おテレビ様と日本人

著者:林 秀彦
販売元:成甲書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

タイトルから、日本人がいかにテレビ好きかと言う程度の、社会戯評的な内容を想像していたのですが、内容ははるかに重いものでした。

 

何度も申し上げている通り、ヴォータンはTVをほとんど見ません。

特に、TVドラマと言った製作者の作為の強く入ったものは見ませんから、せいぜいメジャー・リーグの中継程度です。

 

それだけに、著者のテレビに対する本質的な批判に、非常に共感を持てます。

 

ともかく、テレビを見ると言う行為は受身です。

しかも、作り手のレベルが低い為に、非常に低俗な内容が一方的に流され、それを受けてしまっています。

そこには知的な営みがありません。

著者は言います

++++++++++++

一度でもいいから、実験して体験してみてほしい。

テレビを見ている人をじっと横から気づかれないように観察するのだ。

その人の表情の動き、目の反応、身体の動きなどを五分でいいから細かく見るのだ。

どれほど痴呆的になっているかが、はっきりわかるはずだ。

普段は相当のインテリで、博識ある人でも、テレビを見つめている無意識の反応は、白痴そのものになる。

++++++++++++++

 

ヴォータンが言う「受身」を、より辛辣に表現しています。

さらに、「24」や「ER」と言ったエミー賞を受賞した番組に関して、

「製作志向はあらゆる面での底辺を基準としたマジョリティーである」

と、醒めた評価をしがならも、返す刀で

 

+++++++++++++++++

(この程度の番組ですら)登場人物たちは、非常に日常的な会話として、日本人にはついていけない、理解不可能な知性的な言葉遣い、単語使用をしている。

日本風に聞けば、「理屈っぽい」「難しい」「専門的な」「気取った」「かっこつけた」「仰々しい」「大げさな」「特殊な」言葉遣い、ということになる。

だから、日本語への翻訳者は、実に苦労して、それらの単語や言い回しを‘噛み砕き’、意訳せざるを得ない。

+++++++++++++++

 

と、日本の映像文化を切って捨てています。

確かに、ヴォータンはずっと

「ザ・ホワイトハウス(原題:The West Wing)」

などを見続けていますが、そこでの会話は非常に知的なものです。

 

著者は、日本の活字文化に関しては、世界でも相当に高い水準に行っていると認めながら、それが映像文化になると(とくにテレビ)、おおよそ馬鹿げたものになると批判しています。

 

「最低線」

と酷評する海外のドラマの中に

「考える喜び」

が、まだ含まれているのに対して、日本のテレビ界にはその様なものを作り出そうと言う、文化が無いと批判しています。

 

ドラマの脚本家として活躍された方なので、どうしてもドラマを中心とした批評となっていますが、ヴォータンはもう一歩進めて、ジャーナリズム精神を持たないメディアとしてのテレビにも迫って頂きたかったと思います。

 

かなり、感情的な表現も多く、読みづらい本だと思いますが、いまのメディア特にテレビに対して、違和感を感じていらっしゃる方は、一度お読みになってみても良いと思います。

2009年4月 1日 (水)

読んでびっくり「資本主義はなぜ自壊したのか」

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言 Book 資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

著者:中谷 巌
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「改革派経済人の懺悔の書」

と言うことで、久米宏氏などがTVやラジオで褒めていると言うので、嫌な予感はしたのですが、読まないことには何も言えないので読みました [][](・・ )フムフム

 

嫌な予感は的中┌|;|┐ガーン!!      

 

不勉強、無教養、無節操なアジテーター久米宏レベルが喜びそうな、どうしようもない内容に唖然とさせられます(Д;≡;Д)

 

「グローバル資本主義」と言う定義の怪しい用語を使って、アメリカの経済・社会運営を批判していますが、そもそも批判しているグローバル資本主義が、何であるのかと言うことに関して、きちんとした議論がありません。

それと、新自由主義と言う経済思潮を、意図的にか無意識にか混濁させ、現在の経済危機にぶちまけて批判して一件落着。

こんな、粗雑な論理で卒論を書いたのでは、まともな大学の経済学部は卒業できないでしょう(-_-;) 

 

しかも、文化論的な部分にまで触手を伸ばして、批判したり批評していますが、こちらはまったく勉強不足と言うより、教養の低さを露呈してしまっており、某大学の学長であったと言う経歴をお聞きして悲しくなりました。

せめてアメリカに住んで勉強していたと言うのなら、体験に根ざすものぐらいは、左翼小田実の

「何でも見てやろう」

何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5) Book 何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5)

著者:小田 実
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

程度のものではあって欲しかったのですが、ともかく驚くほど皮相で浅薄。

この方は本当にアメリカで生活をしていたのか?

一体何を見ていたのか?

と疑問を感じるほどです。

 

そもそも、分野こそ違え、学究の徒であるならば、せめてきちんとした研究書の一つや二つには、目を通してから執筆すれば、これほど恥を書くことはないのではないかと思うのですが、、、、

 

そこからさらに脱線?して、キューバやブータン、ポランニー、キリスト教及び一神教に対する皮相な知識に基づく論考、、、

 

そもそも、アメリカ人と十把ひとからげにするいい加減さにも驚きます。せめて、

民主党のアメリカ 共和党のアメリカ (日経プレミアシリーズ) Book 民主党のアメリカ 共和党のアメリカ (日経プレミアシリーズ)

著者:冷泉 彰彦
販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ぐらいは読んでおいて欲しかったですね。

これ新書ですよ!=つまり、氏の論評は新書レベル以下。

 

ブータンに関しては、ヴォータンも西谷美恵子女史のコラムなどを拝見して、非常に興味を持っていますが、氏の取り上げ方には

So What?(それで、どうだってんだよ!?)

と申し上げるしかありません。

雷龍王4世がお読みになったら、何とおっしゃるでしょうね?

 

後は、昔の日本は良かったと言う回顧趣味、、、

最後は、

「今こそ日本発の価値観を世界に」

と大上段に構えるのですが、中身はどうみても古色蒼然とした日本的価値観の押し付け。

 

「なぜ中国人には日本的雇用システムが理解できないのか」

に至っては、

「日本人と中国人の歴史的背景が違う」

と言いながら、いつの間にか

「(前略)日本的経営を浸透させることはできない」

と、結んでしまいます。

異質なものは、異質なものとして、認め合うと言うのが正しい姿勢であって、

<浸透させる>

などと言う発想は恐ろしいとしか言い様がありません。

大東亜共栄圏の亡霊と言われても仕方がないと思います。

 

余談ですが、氏は

「日本人だけが『信頼』をベースにしている」

と言う趣旨のことで、論陣を張っていらっしゃいますが、それこそとんでもない皮相な知識と経験に基づくものでしかありません。

 

以前、「経済学の終焉!?大前研一氏の終焉」

http://wotan.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_808c.html

と言う暴論を書かせて頂きましたが、あの時以上の驚きでした。

 

資本主義はなぜ自壊したのか?

いや、自壊しているのは中谷氏です。

 

市場・資本主義が不完全であることは、市場にいる者は百も承知です。

しかし、だからといって市場・資本主義を否定する議論に組するのは、もっと危険なことです。

 

チャーチルの言をもじって言えば、

「資本主義は、最悪の経済形態と言う事が出来る。これまでに試みられてきた資本主義以外のあらゆる経済形態を除けば、、、だが」

です。

 

これ以上書くと、ヴォータンの品性を疑われかねないので、ここで筆を置かせて頂きます。

ヤレヤレ(-_-)

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