「大転換 脱成長社会へ」--経済危機の文明論的考察を読む
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大転換―脱成長社会へ 著者:佐伯 啓思 |
佐伯先生はヴォータンの大先輩に当たります(と、言っても8年しか違っていませんが)。
今般の金融危機に端を発した世界的なリセッションに関しては、皮相なアメリカ批判をして溜飲を下げると言ったレベルの低い言説が多く見られます。
その点、佐伯先生は、経済思想史家としての文明論的視座を持っておられるので、非常に知的刺激の多い指摘をされています。
特に、今回の金融危機が単に新自由主義的パラダイムの崩壊と言うことに留まらず、近代産業社会の限界、つまり、シュンペーターの言葉を借りれば
「資本主義はその成功ゆえに没落する」
が現実化した「大転換」を示唆しているとしています。
もはや資源の効率化を最大限に推し進めることで、物的な豊かさを現出し、人々の厚生を向上させると言うパラダイムが働かなくなり、
「人とモノのゲームから、人と人とのゲーム」
に変化すると言う考察は傾聴に値します。
ヴォータンは、基本的には市場原理を優先する立場に立ちますので、全面的に佐伯先生の主張に賛成しかねるところもあります。
しかし、このブログでも、終身雇用を前提とした社会制度を崩すことや、アメリカの猿真似にもならないホワイトカラー・エグゼンプションを直輸入したりと言った、日本的な良さを無くすことに反対してきましたので、先生の
「日本は、外国(特にアメリカ)の真似をしてはいけない」
と言う意見には、まったく同感です。
佐伯先生は、フロンティアの消滅により、資本主義の成長エネルギーが枯渇してきている現代では、「社会化」と言う形で、市場経済に乗らない分野を意識的に保護していかなければと主張しています。
ヴォータンは市場の失敗の部分に関して、もっとセーフティ・ネットを社会的に張るべきであると考えていますが、先生はさらに一歩進んで、もはや「市場の失敗」と言う形での副産物と見るのではなく、むしろその分野に対して社会として積極的に関わっていくことが必要だと言う訳です。
ただ、
「その為には、『政治力』が必要であるが、残念ながら、現在の日本にそれだけの政治力があるとも思われないのである」
「90年代以降の日本の政治は、あまりに大衆情緒やそのつどの出来事に引きずられ、ポピュリズムとスキャンダリズムへと流されてゆく」
「今日の日本の大衆型政治にそれだけの政治を求めるのは、かなり厳しいことではあろう」
と、しています。
ウーーーーン、これでは全然救われないんですが、、、、
どうも口述を元にしたらしく、ちょっと論旨が怪しかったり、つながりが悪いところがありますが、頭の体操として読んでおくべき好著だと思います。
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